〜偵察出発前のcoat研究所〜

coat博士「......あいつら、車が来るって聞いた途端外に飛び出して行ったな」

宇野「まるで子供ですね」

coat博士「実際、まだ生後二ヶ月だしな。見識を広げてくれるのはこちらとしても嬉しい限りさ。......バカの邪魔も入らないことだし、今のうちに行き先について話しておこうか」

宇野「ええ。お願いします」

coat博士「まず偵察に行くなら、最初の場所は北沢公園がいいだろう。北沢公園にもし三人組の概念体がいた場合、三つの利点がある」

宇野「どういった利点でしょうか」

coat博士「北沢公園は進入口である渋谷区から、かなり近い場所にある。もしここで敵に遭遇した場合、戦うか逃げるかのいずれにしろ、他の場所にいる仲間の援軍を避けやすくなる」

coat博士「まぁ偵察が目的なのに、いきなり敵陣の中央深くに潜っても帰ってこれないだろ、って話だ。これが一つ目」

coat博士「二つ目の利点は、北沢公園と関係のある淫夢キャラ、KBSトリオの性質にある。KBSトリオは認知度はそれなりに高いが、戦闘力においてはただのチンピラ程度の認識しかされていない」

coat博士「概念としては雑魚そのものであり、最初の相手としては最もリスクの無い相手なんだ。こいつらと戦った結果によっては、こちらの戦力が敵にどの程度通用するのかを、大雑把にだが推測出来る」

宇野「なるほど」

coat博士「三つ目だが、正直これが一番重要でな。今言ったように、こいつらはそもそも雑魚だ。野獣先輩も、仲間を作るなら概念体としてより強力な人物を選びたいはず」

coat博士「強い仲間が揃っていない時に、こいつらを概念体にする意味は無い。つまりこいつらがもしここに現れたなら、それは敵の陣営がある程度肥え、戦力の余裕がある状態だと判断出来る」

宇野「野獣先輩の仲間を増やす手段が不明な以上、そうとは限らないのでは? なんらかの理由で強い概念体を作れず、雑魚でもいいからとにかく仲間を増やしている最中、とも考えられます」

coat博士「北沢公園の場所がその可能性を否定してくれる。仲間が少なく戦力が足りていないなら、駒をこんな世田谷区の外れに遊ばせておくわけがない。本拠地にでも置いておくのが妥当だ」

coat博士「......だから三つ目の利点は、まぁ敵の状況をある程度予測出来る、ということだ。だが、正直KBSトリオがいない場合の方がこちらとしては都合が良い。敵がまだ弱い可能性が高くなるんだからな」

宇野「......。」

coat博士「最後に、概念体と遭遇した場合の目標、成果の基準を定めておこうか」

宇野「成果の基準、ですか」

coat博士「最良は、概念体を生け捕りにして帰ってくること。良は、概念体を殺して帰ってくること。可は、戦わずに逃げて帰ってくること。BADは、戦ったうえで逃げるか逃げられて帰ってくること。捕らえられたり殺されるのは論外の中の論外だ」

宇野「偵察が目的ですからね」

coat博士「敵に情報を渡さず、こちらが敵の情報を得ることが何よりも大事ってことよ。君は分かっているだろうがな」

coat博士「とにかく、生きて無事に帰ってくることが大前提だ。あいつらはまだまだガキで、自分で考え行動する力はまだ無い。君がしっかり手綱を握って導いてやってくれ。現場の判断は君に頼んだぞ」

宇野「承知しました」


〜現在 北沢公園〜

宇野(クソッ、北沢公園に三人組が現れた時点でKBSトリオだと疑うべきだったんだ! 私の不用意なミスで、権田さんが......!)

宇野(落ち着け、いつも通りに戻るんだ。大丈夫、もう悩むことはない。車のミラーに写った私が証明してくれたじゃないか)

宇野「だって私は、ブスじゃないもん!」

(´・ω・`)「まだ引きずってたの!?」

彡(゚)(゚)「おい、外に出たはいいがどうしたらいいんや! あちらさん、やたら気が立っとるぞ!」

黒服にグラサンをかけた男が車から出た私たちを認めると、先程まで襲っていた権田さんから離れた。赤色と、青色の服の男二人もそれに慣い、少し離れてこちらを伺っている。黒服がリーダー格、ということなのだろうか。

赤「おいおい、なんだよお前〜」

青「おいやっちまおうぜ」

赤「やっちゃいますか?」

青「やっちゃいましょうよぉ」

黒「そのための...右手? あとそのための拳?」

赤「拳? 自分のためにやるでしょー?」

黒「金!暴力!SEX! 金!暴力、せっ......て感じだな...うん」

彡(゚)(゚)「言うなら最後まで言い切れや!」

(´・ω・`)「恥ずかしくなっちゃったのかな」

宇野「それより仲間同士の会話が、短い間でここまで破綻していることにまず驚きますね」

赤「なんだとグルルルア!!」

青「おいやっちまうぞ!!」

彡(゚)(゚)「!! 来るぞ! ワイらはどうしたらええんや!?」

宇野「まずは雑魚から片付けます!私が黒の足止めをするので、原住民は青、ブサは赤を倒してください! 急いで!」

彡(゚)(゚)「改めるどころか略すなブサイクを! 戦う方法は!?」

宇野「殴れ!!」

元々広くない道路に車を停めているため、車の頭側のあちらと、後部側のこちらを隔てる道の幅は2mほどしか無かった。こちらへ駆けてくる赤と青が、後ろに続く黒への道を塞いでいる。

宇野(逃げるなんて選択肢はハナから無い。こんな雑魚に負けているようじゃ、どの道こちらに未来は無いからだ)

宇野(頼むからちょっとは希望を持たせてくれよ、バカども!)

狭い道を進めば、赤と青にぶつかる。それならばと、私は車の屋根に飛び乗り、そのまま屋根をひと蹴りして飛翔した。
おお!? と驚いて私を見上げる赤と青の頭上を越えて、私は後方に控えていた黒の左真横に着地する。
ズン、と着地の衝撃が足裏に伝わる。衝撃の勢いを完全に殺すには、両手を使った受け身が必要だったが、私はあえて膝だけで受け止めた。当然勢いを殺しきれず、私の腰は深く沈み込む。逃しきれなかった衝撃に膝が悲鳴を上げるが、致命的な痛みでは無い。私の体重は軽いからな。

黒「おっ!?」

遅ぇよ、と呟き、衝撃の反動を右足の回転力と、左足の地面を蹴る力とに振り分ける。そして私は体幹を軸に体を回転させ、膝の中で暴れ狂っていた衝撃を全て左足に込めた......渾身の後ろ回し蹴りを、黒の肋骨に向けて放った。

宇野「っらぁっ!!」

黒「っわーーーーーい!!」

間抜けな叫び声と共に、黒は道脇の塀に向かって吹き飛んだ。これで相手が生身の人間なら、肋骨が折れて肺に刺さるか、あるいは肋骨が折れるかで確実に戦闘不能になる。しかし、

黒「うわー、もう、びっくりさせんなよー」

宇野(手応えが、まるで無い......!)

左足の踵が黒の肋骨を捉えた感触は、確かにあった。しかしそこから先の肉のめり込みや骨の割れる感触などの、衝撃に対する肉体の反発が、まるで左足に伝わってこなかったのである。
まるでハリボテを蹴り上げたような感覚だった。そのくせ黒の体の重みや肌の質感は人間そのものであり、私はその異質な感触が気持ち悪くて仕方無かった。

黒「ったく女なんかに興味ねえのによー。邪魔すんじゃねえよお前ぇよぉ!!」

宇野(ダメージはほぼ0。これが概念体か)

権田さんがやられるのも当然だな、と思っている内に、立ち上がった黒がこちらへ駆けてくる。

黒「オラァ、女ぁ!」

黒の大振りの右拳が、分かりやすく私の顔を狙ってきた。頭を横に逸らし、カウンターをかます準備をした所で、

宇野「ヒッ⁉︎」

黒の拳の持つ脅威をほとんど本能で感じ取り、私は思い切り横に飛んだ。カウンターも次の攻撃への備えもないまま、私は素人のように地面に転がる。
黒の拳が空を切る。チッ、と舌打ちをする黒は、しかし無防備に倒れる私を追撃しようとはしなかった。どうやら戦いどころか、ケンカの場数もロクに踏んでいないようだ。

拳のスピードは、一般人と比べても並以下だった。殴る姿勢は統一されておらず、読みやすいことこの上無い。
しかし、

宇野(今のパンチ......喰らったら、間違いなく死んでいた!)

銃弾が頬を掠めた時のような、うすら寒さに背筋が凍った。視界に現れた黒の拳が破滅的な威力を誇っていることを、長年の経験が直感という形で教えてくれた。

宇野(こちらの攻撃は、全く効かない。しかしあちらの攻撃は、ただのパンチで致命傷を与えられる、ってことか? ガードも無理だよな一発の威力があんなんじゃ。 アハハ、なんだよそれ)

宇野「反則過ぎるだろ! 概念体ってのは!」

あの博士、なんてもん生み出してくれたんだ! 敵の雑魚でこの強さって、そんなのやってられるかよ!

黒「くそぉ〜。避けんなよぉ、避けると当たんねぇじゃねえかよぉ」

宇野(どっちでもいいから早く、早く来てくれバカども。死ぬ、私死んじゃうからこれ)

転んだ体勢から起き上がると、こちらへ歩いてくる黒の股の間から、なんJ民達側の様子が少しだけ見えた。

車と塀の間の狭い道に、戦力の片割れであるはずの原住民が、血を流して倒れている姿が視界に映った。