彡(゚)(゚)「オラァ!」

二歩助走をつけて、MURの顔を目掛けて前蹴りを放つ。屋根とバックドアの高低差から、腹蹴り程の低姿勢で、顔を狙えた。体勢に無理がなくなる分、普通より強い勢いで蹴れたと思う。

MUR「ゾッ!?」

ワイの蹴りに対して、MURはカウンターも、受けを取る素振りすら見せず......

MUR「ゾォォォォォォォ!!」

突き飛ばされたそのままに、普通に車から落ちていった。

彡(゚)(゚)「えぇ......」

道路にゴロゴロと転がるMURを眺めながら、ワイは呆然と立ち尽くす。

彡(゚)(゚)「あっけなさ過ぎるやろ......」

なんだろうか、この肩透かし感は。まるで将棋で言えば、1手目で互いに角道を空け、先手の相手が、何故か2手目で左側の銀を上げた時のような。いやむしろ、プロ棋士同士の高度な対局が、初歩的なミスである二歩で台無しになった時のような虚無感が、ワイを襲った。
勝利の喜びも、敗北の屈辱も感じない。勝ち負けの戦いにあるべき絶対的ななにかが、先程のKBSとの戦いから今に至るまで、ずっと欠けている気がした。

彡(゚)(゚)「ワイが強過ぎる......ってことか?」

宇野は、MURは野獣先輩より格上だと言っていた。なら、野獣先輩もこんな程度のもんなのだろうか。もしそうならばあまりにも......あまりにも、張り合いが無さすぎる。

彡(゚)(゚)「はぁ......つまんな。...ん?うぉ!?」

車内に戻るため、片膝をつき、ドアをノックしようと頭をもたげた時に、車が大きく左右に揺れた。

彡(゚)(゚)「お? お? おぉ!?」

車は頭を左に向け、右に向け、狭い道をクネクネと曲がりながら進む。蛇行運転、というやつだろうか。ワイを振り落とそうとするように、慣性による圧が身体を揺らす。

しばらくすると蛇行が収まり、車は再び直進を始める。

彡(゚)(゚)「おい! ちゃんと運転しろや轢き逃げ! お前、諸々雑過ぎるぞ!」

ドアをドンドンと叩き陳情するも、ワイの声は聞こえていないようだった。車内の様子はミラー越しで見え辛いが、後部座席に原住民の姿はなく、運転席では......権田のオッさんが、何故か宇野の左腕を掴んでいた。なにやら揉めているように見える。

彡(゚)(゚)「なんやあれ。痴話喧嘩か?それに原住民はどこ行ったんや......ゲホォ!」

車の屋上部分から乗り出していたワイの頭が、道端の電柱にぶつかった。痛みは無いが、衝撃により、身体の向きを車の後方へと向けられる。

彡(゚)(゚)「おービックリした。生身の人間なら首もげてたところや......ん?」

MUR「ゾォォォォォォォ! ゾォォォォォォォ!!」

後ろに目を向けると、雄叫びを上げてこちらへ走ってくる人影があった。先程と変わらぬ白いTシャツに坊主頭のその出で立ちは、間違いなくMURだ。

彡(゚)(゚)「ハハッ、あの一発喰らってピンピン走っとるわ。やっぱKBSよりずっと頑丈みたいやな。......ええで、第2ラウンドと行こうやないか」

あれで終わっちゃつまらんもんな、と呟き、ワイは構えをとってMURを見つめる。さぁ来い、早く来い、と意気が高揚したのも、しかしほんのひと時の間だけだった。

MUR「イイィぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」

彡(゚)(゚)「! な、なんや!?」

走りながら、MURは両手を顔の前で交差させ、上体を仰け反らせる。大して筋肉のついていなかった腕に血管が幾筋も浮かび上がり、奴の白かった肌も急速に赤黒く変色していく。

MUR「ゾォォォォォォォッッ!!!」

MURの咆哮が、ワイの鼓膜を揺さぶる。溜めた力を一気に解放するように、MURは両腕を大きく広げる。露わになった顔は憤怒の色に染まり、瞳孔の開いた瞳が真っ直ぐワイを捉えていた。
そこまでは、まだいい。理性の無い状態という意味なら、MURの姿は先程までとなんら変わりがないから。ワイが驚愕したのは、奴の背中から湧き出てきた......

彡(゚)(゚)「なんやそれは......なんや?」

構えた腕を思わず下げて、ワイは呆然とそれを眺めた。ボコボコと丸い肉塊が、MURの身体から弾き出たのだ。そして丸い肉塊は空中で形を変化させ、動物のような体を型取り、地に足をつけた。
十数個程生み出されたソレは、なんとも形容し難い形状をしていた。丸い大きな肉塊から、首と頭部......のようなものが伸びているが、目も鼻も口も、およそ動物に必要なパーツは何一つ、その頭部には備わっていなかった。のっぺらぼうである。しかしそのくせ、頭部の髪?に当たる箇所には、真っ白な人間の指が4本づつ、左右に分かれて生えており、ワキワキと蠢いていた。
頭部、首、恐らく胴体部分であろう丸い大きな肉塊。どの部分にも毛や皮といった動物的な装飾はなく、ピンク色のツルツルした人肌だけが、その奇妙な物体の全身を包んでいた。

更に、その物体から地面に伸びる脚部は、ほっそりした人間の脚そのものであった。胴体部分に比べてアンバランスに長い二本の脚が、奇妙な肉塊を支え、前へ前へと走らせている。

彡(゚)(゚)「なんや、それは!! 一体なんなんやそれはぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

異様な物体達が、十数の群れになって追いかけてくる。あまりに理解不能で不気味な光景に、ワイは思わず絶叫した。
ワイを絶叫に駆り立てた、この初めて経験する感情。その正体が、未知に対する『恐怖』と呼ばれるものだとワイが知るのは、大分後のことであった。

......そしてその奇妙な物体の正体が、ある淫夢民の悪ふざけによって作られた、MUR肉と呼ばれるキャラクターだとは。この時のワイには、尚更知る由も無かった。


〜車内〜
権田「ムゥ......グ...ゥゥ...」

宇野「権田さん? 嘘、もう起きたんですか?」

権田「え、えぇ。ご心配をおかけし申し訳ありません。......運転まで、させてしまったようで」

宇野「いえ......まぁ、ええ。気にしないで下さい」

私が銃弾で殺しかけたり、権田さんの車で人?を撥ねたり、現在車の上に敵がしがみついていることは、今は黙っておこう。寝起きにストレスをかけるのも不憫だろうし。

宇野「今日はこのまま私が運転しますので、権田さんは休んでいて下さい。もうこの道を真っ直ぐ走れば、渋谷区に離脱出来ますので」

権田「そう......ですか。もう、着くのですね」

歯切れ悪く、権田さんが答える。なにか、らしくない。寝起きで頭が働かないのだろうか。
違和感が頭をよぎった時、後部座席に座る原住民が私を呼んだ。少し興奮しているようだ。

(´・ω・`)「宇野さん宇野さん! あの怖いオジさんが落ちていったよ! おにいちゃんが勝ったみたい!」

宇野「マジなのですか? アイツ、そんなに強かったんですか」

KBSトリオはまだしも、MURまで瞬殺出来るのか。だとするとこれは、もしかしてかなり......こちらに分がある戦いではなかろうか。MURより知名度や格が高い淫夢のキャラなど、そうそういないはずだ。

宇野「ともあれ、これで無事に帰れますね」

権田「そうですね。ところで宇野さん、このまま真っ直ぐ行った二つ目の信号を、左に曲がってくれませんか?」

宇野「はい?」

助手席に座る権田さんが、突拍子も無いことを言い出した。寝ぼけているのだろうか。

宇野「いえ、もうこの道を真っ直ぐ行けば、首都高に乗って帰れますので」

権田「私は権田源三郎ですよ? 都内の道を全て網羅している男の助言です。お聞き届けになった方がよろしいかと」

宇野「......。」

私だけが知っている近道があるんですよ、と権田さんは戯言を続けるが、正直言って近道もへったくれも無い。真っ直ぐ走れば渋谷区へ抜ける高速道路があるのだ。これ以上の最短はありようが無いし、それに、

宇野「ここで左折しても、世田谷区の北側に向かうだけです。今は遠回りをしている余裕はありませんので、また次の機会に......痛っ!?」

寝言をいなし、意味の無い助言を無視して真っ直ぐ車を進めると、権田さんの右手が私の左腕を掴んだ。太く大きな手によって、骨を潰すような勢いで固く握られる。

宇野「なっ! ご、権田さん、一体なにを!」

権田「いいから言うことを聞きなさい! 運転において、私の言葉は絶対です! それにこれは私の車だ! 私の車は絶対に、私の思い通りに動かなければならないのです!!」

私の左腕を、権田さんが無理矢理引き寄せる。左手が握るハンドルが左に切られ、車体もそれに倣う。狭い道でそんなことをすれば、事故は必至だ。私は無理矢理ハンドルを右に切り、車の進行方向をなんとか元に戻そうとする。

宇野「や、やめて下さい! 権田さん!」

権田「うるさい! これは私の車だ! 私の車なんだ!」

権田さんはなおも左腕を引き続け、私もそれを戻そうとする。車は蛇行運転となり、危うく塀にぶつかりかけたり、車の脇が電柱にかすったりする。血走った目に憤怒の表情を浮かべる男を相手に、しばらく危機的なやり取りをしていると、原住民が叫んだ。

(´・ω・`)「どうしたの権田さん! へ、変だよこんなの、おかしいよ!」

宇野(その通りだ。こんなのはおかしい。自らの運転に誇りを持つ権田さんが、こんな事故が起こって当然の暴挙に出るなんて、本来なら絶対に有り得ないことだ)

宇野(では今、有り得ないことが起きている理由は何だ? 彼をおかしくさせているモノはなんだ? ......考えてみれば、答えは簡単だ)

権田「黙りなさい! 私は、私は、世田谷に行かなければならないのです!!」

宇野(権田さんは今、精神を犯されている...! 先程の、KBSトリオのレイプによって!)

異常な事態の原因が分かると、半ばパニックだった心理状態から回復出来た。冷静になった私は、権田さんに握られている左腕をハンドルから離した。

権田「むぅ!? 小癪な真似を!」

車の進行方向が正常に戻る。右腕だけで車を操作しながら、私は原住民に向かって叫んだ。

宇野「原住民さん!権田さんは今、KBSの暴行によって錯乱しています! 私はこれ以上手が離せません、なんとか権田さんを黙らせてください!!」

(´・ω・`)「黙らせるって、ど、どうやって!?」

宇野「殴れ!!」

(´・ω・`)「え、ええぇ......」

権田さんが、今度は左腕でハンドルを切ろうと狙ってくる。これ以上は、まずい......!

宇野「原住民さん、早く!」

(´・ω・`)「う、うわああああああ」

原住民はほとんど破れかぶれで、後部座席から助手席と運転席の間に割り込んでくる。

権田「!? ふ、ふざけるな! お客様が、神聖な運転席に入ってくるなあああああああ!!!」

ハンドルを掴むはずだった左腕が、原住民への攻撃に狙いを変えたようだ。権田さんは拳を思い切り振り上げて力を溜め、原住民の脳天目掛けて叩きつけた。
ゴッ、という音が響く。人間なら間違いなくタダでは済まないその威力に寒気がしたが、

(´・ω・`)「うわああああああん!」

腐っても概念体、ということだろうか。その小ささ故に助手席の足元に落ちた原住民は、権田さんの拳を意に介さずに、半べそで権田さんを殴りつけた。破れかぶれは継続中らしい。

しかし、何も考えずに殴る原住民の拳というものが、原住民の立つ場所と身長の関係で......。

(´・ω・`)「うわああああああ! うわああああああん!!」ポコポコ

権田「 あ、ま、待って、こは、そこはダメ! やめ、はうゎ!はが、はらま、ああぁ!!」

......全て、権田さんの股間に集中していた。

権田「はっ、はっ、はっ、はぅ、はぁぁ!それ以上は、それ以上は、やめ! でな、私、私ぃっ、ひはぁ!」

権田さんの右手が、私の左腕を掴む力は、既にほとんど無い。女の私には一生分からない痛みだが、相当痛いのだろうな。その、男の金的というものは。

権田「私、女の子になってしまいますぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」

聴くに耐えない断末魔の悲鳴を上げて、権田さんは泡を吹いて気絶した。なおも殴り続ける原住民を止め、

宇野「......よくやってくれました原住民さん。もう大丈夫です。悪は滅びましたよ」

権田さんの子種まで滅んでいないか心配しつつ、私は彼を褒めた。

(´・ω・`)「うぅ、うぅぅ、ブニブニした感触が、気持ち悪いよぉぉぉ」

宇野「今、私達が目にした権田さんは、本当の権田さんじゃありません。だから今日見た彼の姿は......出来れば、忘れてあげてください」

(´・ω・`)「......うん、分かったよ」

宇野「さぁ、後部座席に戻って、今度こそ休んでいてください。本当に、あとはもう帰るだけですから」

後部座席にいそいそと戻る原住民を尻目に、私は危機の終わりにほっと一息つい

(´・ω・`)「え? なにあれ? なにあれ! なんなのさあれ!? 宇野さん! 宇野さん! あれ、後ろのあれ見てよ!」

宇野(......一息、くらい、つかせてくれよ)

後ろを見ろ、と言われ、私はバックミラーに目を向ける。そこに写っていたのは、鬼気迫る形相でこちらに駆けてくるMURと、

宇野「......なん、ですかあれ。いやあれはなんですか。馬鹿なんですか。ホント馬鹿なんですかどいつもこいつも」

MURを超えるスピードで、肉塊に人間の足が生えたような、いや実際に足が生えている、謎の物体の群れが追いかけてきていた。キモいの一言に尽きる外見だが、その分アレに追いつかれるのは......多分、そうとう怖い。

宇野「......原住民さん。車のどこでもいいので、しっかり掴まってて下さい」

(´・ω・`)「な、なにする気なの!?」

宇野「私はこれより、鬼になります」

首都高の入り口まで、およそ1.5km。おそらくこれが、本日最後の修羅場だろう。

宇野「もう左右の安全確認なんてやりません。信号なんて知りません。ネズミ捕りがいたら轢き殺します。皆で赤信号渡ってる馬鹿なんて皆殺しです」

(´・ω・`)「ヒエッ」

宇野「さぁ行きますよ」

ギアを5速に変更し、

宇野「法定速度の、壁の向こうへ」

私はアクセルを踏み抜いた。