MUR「ゾォォォォォォォ!!」

後方で、MURの咆哮が響く。また距離が縮んできているようだ。その咆哮に応えるように、右側を並走していた、先程の生き残りが加速した。

彡(゚)(゚)「! あ、あの野郎!」

肉塊も学習するのだろうか。一時的に車より速くなった肉塊は、車の前に身体を割り込ませた。もたれてくる肉塊が車の前へ進む力を削ぎ、みるみる内にスピードが殺されていく。

彡(゚)(゚) (アレを放っておいたら、肉塊にもMURにもすぐに追いつかれてまう!囲まれるぞ!)

宇野もヤバいと分かっているのだろう。窓から腕を出し、屋上をバンバンと叩いて合図してくる。アレをなんとかしろ、と。
ワイは前方のボンネットへと駆け、邪魔な肉塊を横へ蹴り飛ばした。残り、7体。
と、そこでアクシデントが起きた。焦って蹴りを放ったことによる体勢の不安定と、

MUR「ゾォォォォォォォ!」

スピードが減退したことで、MURが先程よりも早く車に戻ってきた振動が重なり、

彡(゚)(゚)「また落ちるんか!」

前方に向かって、ワイは車から落ちた。

彡(゚)(゚)「アババババババババ」

地面に体がつくと共に、車に轢かれる。車の底部と地面の間をすり抜けられる程、ワイの体の厚みは薄くないらしく、頭が、腹が、底部の部品にガツンガツンとぶつかり続ける。
やがて暗い視界が開け、外に出た。

彡(゚)(゚)「っ、マズい、何か掴まな」

慌てて腕を伸ばすと、幸いにも片手がナンバープレートに手が届いた。

彡(゚)(゚)「よっしゃ、冴えとるな。お?」

車に戻ろうと体勢を整え上を見上げると、MURの足が、目の前にあった。

彡(゚)(゚)「.........。」

ワイはMURの右足首を掴み、後ろに思い切り引っ張った。

MUR「ゾッ!? ゾォォォォォォォ!」

車からMURを落とし、その反動でワイはバックドアに足をつける。

(´・ω・`)「あっ! 宇野さん、おにいちゃん戻ってきた。戻ってきたよ!」

原住民はワイの安否を宇野に伝えているようだ。まぁ、落ちるのももう二度目だ。向こうも先程よりは動揺も少ないだろう。
また二体、肉塊が左右に並走してきた。先程と同じように、同時に車に体当たりする算段らしい。

彡(゚)(゚)「もう慣れたわ! 芸の無い奴らめ!」

ワイは迷わず左に狙いを定め、体当たりのタイミングに合わせ、肉塊の横っ面を蹴り上げた。振動は、来ない。予想通り、宇野が右の肉塊を仕留めたのだろう。これで肉塊は残り5、弾は0。
しかし、慣れてきたのはこちらだけでは無いのか、MURがまた車に飛び乗ってきた。戻ってくるまでの時間が、どんどん早くなっていく。
更に、数を3分の1まで減らされた為か、肉塊達にも動きがあった。後方で控えていた5体の肉塊が、一気に車に横並びになる。その数は左に2、右に3。

彡(゚)(゚) (いよいよ向こうも大詰めか。けどどないしよ。弾はもう無いし、MURと戦っとる間に一斉に体当たりされたら、防ぎようが無い)

MURと戦うか、 肉塊達の体当たりに備えるか、どちらを選べばいいか悩んでいると、あることに気付いた。

MUR「......。」

彡(゚)(゚) (こいつ、ワイが仕掛けない時は特に何もせーへんよな)

そう、初めて車に乗ってきた時から、コイツはずっと、バックドアに突っ立っているだけなのだ。車を壊すチャンスならいくらでもあったはずなのに、攻撃らしい攻撃といえば、ワイが奴を落とそうとした時に、ワイを殴ってきただけ。

彡(゚)(゚)(車を壊すのが目的じゃないんか?)

違和感は、もう一つあった。肉塊達である。車を壊すなら、今が絶好の機会だ。5体いっぺんに体当たりされたら防ぎようが無いし、今ならそれが出来るはず。なのに、肉塊達は車の横を並走するだけで、一向に仕掛けてこない。

彡(゚)(゚) (理由は、MURが乗っているからか?......それなら)

ワイは身体を寝そべらせ、運転席の宇野に話しかけた。

彡(゚)(゚)「おい宇野! 宇野!分かったことがあるんや!」

宇野「あなた何やってるんですか! 早く肉塊を、いやMURをなんとかしてくださいよ」

彡(゚)(゚)「だからそれが分かったんや! MURが車に乗ってる限り、肉塊共は体当たりせーへん。そんでMURもMURで向こうから何かするつもりは無いらしいんや!」

宇野「なんですって?」

一瞬怪訝な顔を向けられるが、体当たりを仕掛けてこない肉塊達に思い当たったのか、宇野もワイの意見に頷く。

彡(゚)(゚)「なんかこの事利用する手はないか?」

宇野「......一つ、策があります。よく聞いてください」

.........。

約1分後。ワイは肉塊共を尻目に、MURをジッと眺めていた。
身体を縦にしながら四つん這いになるその姿は、木に掴まる蝉の幼虫を思わせる。

彡(゚)(゚)「......結局、コイツの目的ってなんなんやろうなぁ」

いやそもそも、コイツに目的なんて無いのかも知れないな、と一人納得する。蝉といえば、今は丁度夏の始まりの時期だ。 今は聴こえないが、もうどこかで蝉が鳴いているかも知れない。

(´・ω・`)「おにいちゃん! そろそろだよ!」

彡(゚)(゚)「おう、任せとけ」

首都高への入り口が見えた頃、窓から原住民が首を出して報せる。宇野の策は至ってシンプルだった。

宇野『勝負は首都高の入り口。そこでケリを着けましょう』

(´・ω・`)「......GO!! おにいちゃん!!!」

彡(゚)(゚)「ウォォォォォォォ!!」

原住民の合図と共に、ワイはMUR目掛けて走り出す。狙いは最初の時と同じ、顔を目掛けた前蹴り。

MUR「ゾッ!」

MURの反応は早く、既に顔の前で腕をクロスさせ、防御の姿勢を取っていた。だが、

MUR「!?」

車のスピードが一気に上がり、MURの体勢が崩れる。逆にワイには追い風が吹き、蹴りの威力がむしろ上がる。

宇野『首都高に入る直前、なんJ民さんが最初に車から落ちた時同様に、一気にギアをあげスピードを上げます。体勢を崩したMURを、そこで一気に蹴落として下さい』

宇野『くれぐれも、気を付けて。これはタイミングが命です。合図は原住民さんが報せます』

彡(゚)(゚)「タイミングはばっちりやで! 死に晒せやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

MUR「ゾォォォォォォォ!!」

MURが絶叫を放ちながら、車内から転げ落ちる。それに呼応するように、離れて並走していた肉塊達が一気に車へと距離を詰める。一斉に体当たりをかますつもりのようだ。だが、

彡(゚)(゚)『でも待てや。それでMURはなんとか出来たとして、肉塊共はどうするんや』

宇野『だから、タイミングが命なんですよ』

車が首都高の入り口に入り、並走する肉塊達もそれに寄ろうとするが、

肉塊「 」

入り口の両脇の壁に頭をぶつけ、まとめて転倒した。自分のスピードで自爆するあたり、奴らに考える力はやはり無いようだ。

宇野『日本は狭い。なんでも狭い。首都高の入り口も、車がギリギリ入れるくらいの間隔しかありません。その狭さを利用するんです』

彡(゚)(゚)「一網打尽......ってやつやな」

坂道を登り、高速道路へと車は進む。しばらく後ろを眺めても、肉塊もMURも、もう追いかけてくることはなかった。

(´・ω・`)「おにいちゃん、お疲れ様」

彡(゚)(゚)「おう。終わったな」

原住民が後部座席のドアを開け、ワイを招いた。他の運転手達に、車の上に立つワイの姿を晒すわけにもいかんだろう。ワイは急いで車内へと戻り、戦いの終わりにホッと一息ついた。




どこかで、蝉の声が聞こえる。どこか懐かしく感じる、あの蝉の声が。この蝉の名前は、なんだったっけ。どこで聞いたんだっけ。この蝉は、俺は、誰と.........。

MUR「ゾォォォォォォォ!!!」

車が行ってしまったが、まだ追いつける。俺は帰らなくちゃいけないんだ。帰らなくちゃいけないんだ。
腹ばいになったMURはそう叫んで、また起き上がって車を追いかけようとした。だが、

??「いけませんねぇMURさん。世田谷区を出るなと、田所さんに教わらなかったんですか?」

MUR「グッ、ウゥ、ゾォォォォォォォ!!」

突如現れた、黒いフードを被った男に腹を踏みつけられ、MURは身動きが取れなくなる。なんだ、この男は、誰だ。

MUR「ゾォォォォォォォ! ゾォォォォォォォ!!」

??「あららら、話も通じない。初めて見るケースですねこれは」

がむしゃらに暴れるMURを意に介さず、黒フードの男、始まりのホモはMURの顔をまじまじと見た。

始まりのホモ「おかしいなぁ。パッと見はもうほとんど概念体なのに、なんでちゃんとしたMURになっていないんだろ?」

始まりのホモ「......まぁ、どうでもいいか。勿体無いけど、卵を重ね掛けしちゃいましょう。とっとと駒になってもらわないといけないし」

そう言うと、始まりのホモはMURの顔に右手をかざした。頭がボヤけ目眩がする、どこかで味わったような、奇妙な感覚がMURを襲う。

MUR「ウ......アゥ......アァ......」

始まりのホモ「これで大人しく寝てなよ。目が覚めたら、今度こそMURになれているはずだから」

気勢を無くし、虚ろな目になったMURから離れ、始まりのホモは高速道路へと目を向けた。

始まりのホモ「......coat博士はKBSトリオを捕まえましたか。まぁ、最初の被験体としては上々じゃないですか?」

始まりのホモは、かつて見た気丈そうな女の顔を思い浮かべ、クスクスと笑う。

始まりのホモ「あの人のことだ。きっと上手くやるんだろうね。現状を調べ、実態を把握し、対策を練り、訓練を施して、そうやって強くした概念体を、またここに送り込むんだよね。勝てると踏んで、この世田谷に。僕らのホモの領域に」

彼は笑う。ここまでずっと僕の思い通りだ、僕の手のひらの上だ、と。

始まりのホモ「うふふ、急げ急げよcoat博士、地獄の門は目の前だ。早く早く、門番の僕を倒さなきゃ。門の向こうの亡者の群れを、殺して回って減らさなきゃ......」

始まりのホモ「時間切れの日の世界の亀裂が、どんどん酷くなっちゃうぜ?」

始まりのホモに、銃弾は効かない。斬撃も雷撃も、猛毒も爆炎も、核兵器ですら、彼や他の概念体達の命を脅かしはしない。現世のいかなる軍事力を持ってしても、彼らの行軍を止めることは出来ないだろう。
彼らは無敵の強姦魔。概念に包まれた肉体を駆使し、自由と自我を奪う怪物の群れ。

始まりのホモ「恐ろしいものの形を♩ノートに描いてみなさい♩ そこに描けないものが♩君たちを殺すだろう♩」

どこかで聴いた歌の詩を口ずさみながら、彼は笑う。頭に思い浮かんだのは、顔であった。時計の針を、目に見える脅威だけを基準に前に後ろに動かして、悦に浸る老人共の顔。その茶番に踊らされて、一喜一憂するバカ共の顔。想像するだけで、彼は笑いが止まらなくなる。

教えてやろう。想像出来る程度の恐怖など、大した脅威では無かったということを。
教えてやろう。命を脅かす真の脅威は、時計の盤面の外側、思考の埒外にあったということを。

奴らに教えてやろう。僕の怒りを、僕の哀しみを、僕の喪失を、僕の怨みを。脅威と恐怖をもって、奴らの頭に刻みつけてやろう。

始まりのホモ「FIRST BLOOD(先に手を出したのはお前らだ)......終末時計を叩き壊して、僕が世界を変えてやる」

怪物は笑う。全ては思惑通りに進んでいると、世界は己の手の中だと言わんばかりに、不遜に笑う。その傍らで、ほとんどの自我を亡くしたMURの瞳だけが、彼の表情を見つめていた。彼の醜く歪んだ口元や、暗く淀んだ瞳の意味する所を、しかしMURには思考する余地がなかった。
だから誰一人として、彼の思惑を知らない。そして誰一人として、彼の気持ちは分からない。今は、まだ、この世界の誰も。

始まりのホモ「変えてやる......壊してやる......ウフフ、ハハッ、ハハハハ、アハハハハハハハ」

MURの耳に微かに聴こえていた、蝉の鳴き声。彼が思い出に到る為の僅かな希望は、しかし始まりのホモの大きな哄笑によって、黒く搔き消されてしまう。

MUR(む......つ.........)

もはや意味を得られない脳と視界に、黒い影が滲む。急速に、端から端へと広がっていく。そして、

MUR(ご......め............)

影が全てを飲み込んだ瞬間をもって。MURの意識と記憶は、今度こそ闇の中へと消えていった。