ババアの言いつけで、ワイらは宇野から戦闘の訓練を施されるはずだった。戦闘訓練と言うから、格闘のイロハを習ったり稽古をする、ベスト・キッドな風景を想像していたのだが......

彡(゚)(゚)「ンゴゴゴゴゴゴ」

(´・ω・`)「ふんもっふ! ふんもっふ!」

宇野「ハイハイハイ休まないサボらないペースを下げない。まだ30分しか経っていませんよ〜」

待っていたのは、フルメタルジャケットの世界だった。ババアがKBSトリオを連れ研究室とやらに消えて行ってから3時間が経過したが、あれからというもの、ワイらはぶっ続けで筋トレを強要されていた。
始めは体幹トレーニングを、次にスクワットを、そして今は腕立て伏せをロクな休みもなくやらされている。

彡(゚)(゚)「お、おかしいやろ!こんなん、意味がないやないか!」

(´・ω・`)「ぼ、僕たちに筋トレは無駄って、は、博士が言ってたじゃない!」

宇野「ハイハイハイ質問するフリしてサボろうとしない。指導する側にはバレバレなんですよ〜」

彡(゚)(゚)「こ、このアマ......!」

宇野「ハイ、無駄口叩いたのとサボろうとした罰で10分追加しまーす」

彡(゚)(゚)「あああああああああああ!!」

(´・ω・`)「鬼だよこの人、情けが無いよぉ!」

宇野「ハイあと40分。ペースを乱さず頑張りましょうね〜」

宇野は全く容赦なく、宣言通りの時刻までワイらの肉体を苛め続けた。
......そしてようやく宇野のお許しが出ると、ワイと原住民はすぐさま仰向けに寝転がった。

彡(゚)(゚)「ハァ......ハァ......あれ? この感じは、なんや?」

長い長い苦痛の時間が終わり、苦しみから解放されると、それまでの時間が短かったのか長かったのかの感覚が分からなくなった。

彡(゚)(゚)「何故か、懐かしい......ワイはこれを......どこかで......」

『それ』を味わっている現実の時間は間違いなく長く、体幹時間も永遠に続くかと錯覚する程長かったはず。なのに『それ』が終わって、意識が別の時間に移行すると、あまりに変化に乏しいその時間は『ただ、同じことを繰り返した思い出』でしかなくなる。思い出す記憶は、時間の長さに比べて酷く希薄だ。

彡(゚)(゚)「なんや......この感覚は......懐かしくて、思い出したくもない......あの頃の......」

(´・ω・`)「ハァハァ......疲れたねおにいちゃん。......おにいちゃん?」

頭に浮かぶのは、仄暗く、陽も差さない湿気た部屋。そこでは、ワイを照らす光といえばパソコンのディスプレイしか無い。
ゴミ箱に入れる方法も忘れたのだろうか。あたりには使用済みのティッシュと、飲み残しも気にしないビールの缶が散らばっている。床は溜まったゴミのせいで踏み場もないが、ベッドとパソコンのデスクの間を往復するだけのワイには、何の支障もない。ワイが散らした種々様々な液体が床に染み込み異臭を放つのも、もはやワイの死臭でさえ無ければいいと言って、次第に気にも留めなくなっていった。

彡(゚)(゚)「それでも......昔はこの部屋のドアを開けようと、もがいた時期もあったんや......でも、無理やったんや......ワイには無理やったんや......」

(´・ω・`)「う、宇野さん! おにいちゃんの様子が変だよ!」

宇野「変なのは元からでしょう」

(´・ω・`)「そういう意味じゃなくて!」

ネットの中では、ワイは本当のワイでいられた。この世で最も特別な、ありのままのワイでいられた。でも一歩でも外に出てしまえば、そこにはもう本当のワイはどこにもない。世間から見たワイは、引きこもりで、ニートで、進むべきレールから外れてしまった、才能の無い不健康な男でしかなかったから。
ドアの向こうに待ち構える、ワイのことを何も分かっていない世間の目が。ワイのことなどとっくに追い越して、地位や幸福や家族を得た同級生達の存在が。いつもいつも、ワイの外へ向かう気力を挫いた。勝ち組じゃない、見下されるばかりの己の姿になんて耐えられなかった。

彡(゚)(゚)「ワイは......ワイは......」

宇野「あーこりゃ駄目だ。すっかり自分の世界にトリップしちゃってますね」

(´・ω・`)「駄目なの? おにいちゃんはもう助からないの? そんなの嫌だよ」

宇野「あなたまで頓珍漢なこと言わないでください。寝惚けた奴を起こす方法なんて簡単です」

このままじゃ駄目だと思う気持ちと、ずっと楽なこのままでいたいと思う気持ちとで板挾みになり、結局何一つ行動を起こせなかったあの頃。もうとっくに学生じゃないのに、毎日が学校をずる休みした時に似た、あの取り返しのつかない罪悪感と焦燥感に苛まれていた日々。
そして、いつか必ず来る終わりに怯え、自分に似た境遇の奴らを2ちゃんで探し、ネタで笑い合うことで安心感を得ようとした日々。ディスプレイの向こうのそいつが明日生きているとも限らないのに。そいつらの存在は、自分の人生の残り時間となんら関係無いと分かっているのに。それでもワイは仲間を見つけては、まだ大丈夫、まだ大丈夫だと自分に言い聞かせ続けた。

吐き気を誘うほど過剰に甘くて、それでいて微かに苦い、腐った苦しみ。しかしそんな地獄の責め苦の中でも、僅かにだが心の拠り所はあった。
データの中でのみ存在を確認出来る、死亡説が流れる程に消息不明な、ある男がいた。
その男をネタにして笑っている時だけは、短い時間ではあったが、素直に面白いと思えた。
その男を馬鹿にして笑っている時だけは、歪んでいるかも知れないが、素直に楽しいと思えた。
例えその笑いが、見下す対象を求める、卑しい感情からのものだったとしても。ワイはその男に、少なからず心を救われたのだ。ワイだけでなく、きっと他にも多くの人間が、その男を心の拠り所にしていたに違いない。

『いいよ!こいよ!胸にかけて胸に!!』

『イキスギィ! イクイク......ンアーッ!!』

彡(゚)(゚)『......ハハッ、なんやこいつ汚ったねぇなぁ......アハハ』

彡(^)(^)『アハハッ、アハハハハハハ』

彡(●)(●)『アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ』

その男の名前は、や

彡(゚)(゚)「やや! 嫌や! もうあの頃に戻りとうない! 戻りたくなんか、なぁぁいぃぃぃ!!」

宇野「いいから早く戻ってこい、このバカ!」

彡(゚)(゚)「いだっ!?」

側頭部を蹴られ、仰向けのワイの顔が90度曲げられた。何事かと体を起こすと、目の前には、

(´・ω・`)「うわぁ良かったぁ! もう戻ってこないのかと思ったよ!」

宇野「だから、ただ寝惚けてただけですって。大袈裟過ぎるんですよあなたは」

原住民と宇野が立っていた。あれ、おかしいな。さっきまでワイは確かにあの......。

彡(゚)(゚)「あぁ、今の夢だったんか......」

宇野「とっとと起きて下さいよ。30分経ったらまたトレーニングの開始です」

現実への復帰に安堵する間も無く、宇野がほざいた。

彡(゚)(゚)「ふ、ふざけんな! だから何の意味があるっていうんやこの筋トレが!」

(´・ω・`)「僕たちが筋トレしても、筋肉が増えるわけじゃないんでしょう?」

宇野「知っていますよ。勘違いしているようですが、今鍛えているのは体ではなく、甘やかされて育ったあなた方の心です」

宇野「パフォーマンスを支える心技体の内、最も重要なのは心だと私は考えます。技があっても、体格差の激しい相手には通用し辛い。技と体が揃っていても、戦意が伴っていなければそれは木偶と同じです」

(´・ω・`)「心技体の使い方ってそんなだっけ」

宇野「元の意味なんてどうでもいいんです。とにかく実戦では、痛みへの耐性と、痛い思いをしても己を見失わない心の強さが求められます。訓練を積めばある程度痛みに慣れることは可能ですが、あなた方には時間が無い。だからこそこの訓練を洗礼としてください」

宇野「戦い、攻撃を受け、ダメージに身体が悲鳴を上げた時、あなた方もきっと心の声を聞くでしょう。『もういいじゃないか。こんな辛い思いを俺だけがする必要なんてない。もう何もかも放り投げて、辞めてしまおうじゃないか』と」

彡(゚)(゚) (ああ、MURに殴られた時似たようなこと思ったな)

宇野「戦意を失くした瞬間に勝敗は決します。そうならない為の手段は大きく2つ。1つ目は自分が戦う理由......まぁ大義でも正義でも私利私欲でも何でもいいです。これをはっきり自分の中で決め、大切に抱えておくこと」

宇野「2つ目は、痛い思いをした時に、『それでもあの時のアレに比べればまだマシだ』と思える経験を積んでおくことです。そうすれば実戦における心の強さも鍛えられ、後ほど行う『技』の訓練も、かなり楽に行えます」

(´・ω・`)「じゃあ今日の筋トレは、身体を鍛えるんじゃなくて、辛い思いをするのが目的ってこと?」

宇野「その通り。ぬるま湯に浸かりきったあなた方の甘さを、今ここで捨てるんです。地獄のようにキツい思いをしてもらわなきゃ困ります。死にたくなるぐらい泣いてもらわなきゃ困ります。そして今後の戦いで傷つく度に思い出してください。『それでも、今日やった筋トレに比べればマシだ』と」

(´・ω・`)「ヒェェェ」

彡(゚)(゚)「......ふん、こんなもんどうってことないわ。ワイの知ってる地獄に比べりゃあな」

肉体の苦痛など、あの後悔と自責と念が渦巻く、暗い魂の牢獄に比べればどれ程気楽なものか。ワイはもう、二度とあの場所にだけは戻らん。あの苦痛に比べれば、こんな筋トレなんぞ屁でもない。

宇野「ほう。良い威勢ですねぇ、好きですよそういう生意気なの。いいでしょう。ではなんJ民さんの筋トレメニューは、原住民さんの倍に増やしましょう」

彡(゚)(゚)「ファッ!? ちょっと待て、それとこれとは話が別やろ!」

宇野「そういう話ですよ。今、この場で、あなた方に地獄を見てもらうのが私の目的です。あなたの過去がどうとか知ったこっちゃありません。今の負荷が大したことないなら、増やすのが当然でしょう」

彡(゚)(゚)「聞いとらんぞそんなこと!」

宇野「余計なことを言ったのはあなたですよ」

(´・ω・`)「口は災いの元だね」

宇野の理不尽な仕打ちに、なおも抗議しようと口を開きかけた時。扉が開き、ババアがやってきた。

coat博士「や。どうだい訓練は」

宇野「順調に辛い目に合わせています」

coat博士「それは結構。それより報告したいことがあってな、ちょっと時間をもらっていいかね?」

宇野「もちろんです。もう何か分かったんですか?」

coat博士「色々あるが、一番大事な話から始めようか。......精神をレイプされた人間の、治し方が分かった」

宇野「!」

(´・ω・`)「おおっ!」

彡(゚)(゚)「やったやないか、これで権田のオッさんも治るんやな!」

宇野「良かった...! これでもう、運転しないで済むんだ私......!」

(´・ω・`)「泣くほど嬉しいんだ......」

彡(゚)(゚)「なぁ、なんでこいつこんな運転すんの嫌がっとるんや?」

(´・ω・`)「......色々あったんだよ」

彡(゚)(゚)「ほーん。で、具体的にどうやって治すんや? お薬ブスーッと刺したりするんか?」

coat博士「......。いや、そういうわけでは、ない、んだよ息子よ」

彡(゚)(゚)「なんや歯切れ悪いな、らしくないぞ」

coat博士「いや、いざ面と向かうと、中々言いづらいなと」

彡(゚)(゚)「恥ずかしいとかそんなタマやないやろ。はよ言えや気になるやんか」

coat博士「......言っていい?」

彡(゚)(゚)「おお」

coat博士「ほんとにほんと?」

彡(゚)(゚)「だからはよ言えってばこの三十路ババア」

coat博士「分かった。単刀直入に結論だけ言うとな。精神をレイプされた男を治す方法は、」

彡(゚)(゚)「ふむふむ」


coat博士「なんJ民。お前が、彼らと性交渉をすることだ」


彡(゚)(゚)「......は?」

coat博士「言った通りの意味だ。お前はこれから、彼らの理性ひいては彼らの人生を取り戻す為に......彼らとの性交渉、つまりはSEXをするんだ!」

彡(゚)(゚)「は? は? はぁ? はぁぁぁぁぁぁ!? はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

この時のワイは、ババアの言葉にただただ驚くことしか出来なかった。しかしこの後、ワイは今まで知る由も無かった、もう一つの地獄へと突き落とされることになる。
そう、それこそ宇野が言っていた、『それでもあの時のアレに比べればまだマシだ』と思うような、筆舌に尽くしがたい苦行へと。