苛立ちを抑える私の背後から、停車中の電車のアナウンスが聞こえる。ドアを閉める間際の甲高いサイレンが、また不愉快に私の耳を突いた。

ドアが閉まります。ドアが閉まります。ドアが閉まります。

何度も何度も、電車の到着の度に耳に入るその警告音は、私の心境と妙に重なるようで、更に苛立ちを加速させる。

女子高生「......ムカつく、意味分かんない」

土曜日の朝の、SJ学園前駅の南口にて。7時を回った腕時計を睨みながら、私は小さく地団駄を踏んだ。もう、かれこれ30分も待ちぼうけを食らっている。

女子高生「なんで、こんなに待たされなきゃいけないのよ」

私は今日、彼氏である智樹とデートの約束をしていた。千葉の遊園地に行って、久し振りに羽目を外して遊ぼうと誘ってきたのは、智樹の方からであった。

女子高生「ムカつく、ムカつく、ムカつくよ」

野球部に所属する智樹と付き合い始めたのは、去年の秋、高校一年の文化祭の時からだ。
告白してきたのは智樹の方から。坊主頭は少し嫌だったけど、わりと仲も良かったし、顔も悪くないし、話していると楽しいし、私はその告白を受けることにした。
それから、もうすぐ一年が経つ。 現在の二人の関係は......少なくとも私にとっては、あまり良好ではない。智樹が私をどう思っているのかが分からないし、気持ちが分からないのは、それだけ意思疎通が取れていない、という事の顕れだと思う。

女子高生「いっつも、私が我慢する側だよ。いつもこうだよ」

待ち人が来るはずの方角へと、身体だけは真っ直ぐ向けたまま。私は下を向いて、彼氏への恨み言を呟く。すると背後からまた、駅に迫る電車の、レールの継ぎ目をなぞる音が聴こえた。
もう、この音が耳に入るのも何度目だろうか。音が鳴る度に、「智樹が来ていれば、今頃あの電車に乗れただろうに」と、頭の中で声が響いて、苛立ちが消沈の色へと変わっていく。

告白してきたのは、智樹の方なのに。
今日のデートだって、誘ってきたのは智樹からなのに。
それなのに、待たされているのは私だった。
今日まで付き合ってきて、不満やストレスを溜め込んでいるのも、私だった。

ドアが閉まります。ドアが閉まります。ドアが閉まります。

また響く、不愉快な警告音。いっそ耳に届かない所まで移動したかったが、待ち合わせ場所がここなので身動きがとれない。これ以上彼と、無駄にすれ違うのは御免だった。
やがて、響く警告音のせいか、嫌な思い出ばかりが脳裏に浮かんだ。
平日休日問わずに、毎日行われる野球部の練習せいで、一緒に街を歩いた回数すら数える程しか無かった。今日もそうなのだが、一日丸々使ったデートなんて、期末テストの準備期間ぐらいにしかチャンスが無いのだ。
また、クラスが同じだった一年の頃から、二年次のクラス替えを境に、溝は深くなっていった。クラスが離れ離れになってからというもの、学内ですら、共に過ごす時間は目に見えて減っていた。

「えっ、奈央ちゃんと智樹くんって付き合ってたの!? 嘘っ、完全フリーだと思ってた!」

以前クラスメイトに言われた、無遠慮な一言を思い出す。あれには、心底ガックリときた。
その発言をしたクラスメイトの意図はともかくとして、私はその時にようやく突きつけられたのだ。周りに付き合っていると認知されない程に、二人が一緒にいる時間というのが、一般に比べひどく短いという事実を。
その言葉を受け、流石に改善を図るべきだと思い立ち、相談をしたのがつい一昨日の出来事だ。
放課後の練習が終わるのを待ち、夜のファミレスで話を切り出した私は、

「うーん、そっか。じゃあさ、奈央が野球部のマネージャーをやってくれる、ってのはどう? そしたらずっと一緒にいられるよ」
「この間一人辞めちゃって、丁度人が足りてなかったんだよね。ね、どうかな? 奈央は部活やってないし、前からやって欲しいなとは思ってたんだよ」

ヘラヘラと笑いながら返してきた智樹に、心の底からブチ切れた。

私は、「彼女」って名札のついた、アンタの人生のアクセサリーなんかじゃない。私には私のしたいことがあるし、彼女だからってアンタが好きでやっていることを、私が身を捧げてまで支える義理も義務も無い。
私はずっと、智樹に合わせてきたよ? 色々我慢して、本当は辞めちまえって思ってた野球部の応援にも行ったよ。アンタがベンチを温めてるだけの試合でも、頑張れって叫び続けたりしたよ。
でも、アンタが私に合わせてくれたことは一度も無いよね。ずっと野球のことばかりで、私の為に何かを我慢したことなんて一つも無いよね。
なのにこの後に及んで、また私がアンタに合わせろって言うわけ? 何様のつもりなの?

......そんなことを、夕飯時の、わりと混雑したファミレスの席で。私が人目も気にせずまくし立てた結果が、今日のデートだ。
流石にマズいと思ったらしい智樹が、土曜日は全部奈央との時間にするから! と平謝りしてきた末の、デートの約束であった。にも関わらず、である。

女子高生「野球の試合には遅刻しないくせに、私との約束には平気で遅れるんだなぁ」

結局、智樹は今回のデートを、私のご機嫌とり、ぐらいの軽い気持ちでしか見ていないのだ。そもそも、日常での接点が少ないという私の問題提起に対する、とりあえずデートをしようという提案自体が、的外れでその場しのぎのものでしかないだろう。

女子高生「............あ、雨だ」

ヒステリックな女の癇癪を、とりあえずご機嫌を取って宥めよう、といった軽薄な智樹の意図に気付き始めた頃。曇り気味だった空から、にわかに雨が降り始めた。はじめポツリ、ポツリと垂れるようだった雨は、あっという間に激しさを増していった。

女子高生「あー......。なんかもう......いいわ、どうでも」

天気はかなりの大雨で、すぐに回復する見込みも無さそうだった。これで千葉の遊園地で遊ぶ計画は台無しになったのだが、もう、ショックなど特に感じない。落胆も怒りも無く、あるのは冷え切った心だけ。

女子高生(もういいや。無理して合わせるの、もう面倒くさい。数ヶ月ぶりのデートで遅刻かまされたり、悪天候だったり、色々と合っていないのだ、私と智樹は。そういう巡り合わせなのだ私達は)

ドアが閉まります。ドアが閉まります。駆け込み乗車はおやめ下さい。次の彼女までお待ち下さい。

女子高生(さよなら智樹。バイバイ智樹。次の彼女は、甲斐甲斐しく支えてくれるようなマネージャーの中からでも探してください)

ご健闘をお祈りします、とでもメールを送って、家に帰ろう。そう思い携帯を取り出した丁度その時、電話の呼び出し音が鳴った。呼び出し主は、智樹であった。

女子高生「......もしもし。なに? もしかして今起きたの? 外は雨だし、これ以上待てないから、もう私帰るよ。それとね、私もうアンタと」

男子高校生「奈央! 奈央! た、たす、助けてくれ!助けてくれ! おれ、俺、襲われてる!」

女子高生「......はぁ?」

男子高校生「場所はMJ公園で、警察を、あ、あぅ! は、早く来てくれ!た、頼む......頼む助けて!......アッ!」

意味不明なメッセージを伝えると、智樹は私の返事も待たず電話を切った。唐突で、要領を得ない内容であった。

女子高生「助けて? 襲われている?......意味、分かんない」

突然の雨に襲われて身動きが取れない、ということなのだろうか。つまり、傘を持って迎えに来い、ということか。

女子高生「......ほんと、自分のことしか頭に無いんだなぁ、アイツ」

MJ公園と言えば、SJ学園前駅から歩いて10分程の場所だ。そのぐらいの距離、走ってくればよいではないか。ずぶ濡れになるのも構わず走ってくる姿を見せれば、遅刻したことぐらい、許してやったかも知れないのに。しかも私に歩かせて傘をせがむなど、情け無さ過ぎてほとほと愛想が尽きる。だが、

女子高生「しょうがないな。最後に一回だけ、またアイツに『合わせて』やるか」

ドアを閉めきる直前に、駆け込み乗車に間に合った運と、繋がってしまった縁に免じて。アイツの目的地までには、連れて行ってやろう。
どうせ転がりこまれてしまったのだから仕方無い。傘を届けてやって、家に帰れるようにしてやって、それで私の仕事は全部終わりだ。

女子高生「さて......まずは傘を買わなきゃね」

駅中のコンビニへと、私は足を運ぶ。相合傘をする気は毛頭ないので、私の分と、智樹の分とで2本買った。

代金は当然、智樹の全額負担の予定である。