何度タイムリープしても、まゆりは死ぬ。
ラウンダーに銃殺される。
電車で轢死する。
高所から落下死する。
時間跳躍失敗により溶解して死ぬ。
高圧電線で感電死する。
心臓発作で病死する。

数えるのも馬鹿らしくなるくらい、まゆりは死んだ。
俺の目の前で、俺の知らない場所で、俺の腕の中で。
もう沢山だ。
もう見たくない。
だが、俺が行動しなければ何も変わらず、まゆりは死に続ける。
俺に力があれば、救えるはずなのに。
くそ、何が魔眼だ、右腕だ。
ただの厨二病じゃないか。
まゆりを救えるのはもっと現実的で、圧倒的でなければならない。
だが、限られた時間の中では準備できるものにも限りがある。
いったい、何があればまゆりを救えるのだろうか。

「・・・ダル、個人が持てる力で最も強いものはなんだろうか」

「そりゃ中国拳法っしょ」

こうして、俺はカンフーマスターになった。

―――
――


あと30分でラウンダーがラボに突入して来るだろう。
あれから、俺はまゆりを救う一心で無限にも思えるほどの時間、功夫を積み続けた。
ループする時間の中では肉体的強化は望めない。
心技体の心技に全ての時間を注ぎ込んできた。
心を鍛えればループによる心神喪失は防げたから問題なかった。
今も、不思議なくらいに落ち着いている。

「オカリンがカンフー衣装着て瞑想したまま1時間が経過した件について」

「どうせジャッキー映画にでも影響されたんでしょ。単純なんだから」

「オカリンもコスプレに目覚めたのかなー」

形から入ったこの衣装だが、今や白衣に勝る俺のソウルファッションだ。
同じ武器屋本舗で買ったヌンチャクも新品だというのに手に馴染む。
この力で、皆を守れるだろうか。

「・・・!」

鍛え抜かれた俺の心的感覚に触れる黒い気配。
耳を澄ませば、ビルの前に車が止まった音も聞こえる。
時間的にも間違いないだろう。
ラウンダーだ。

「皆、研究室に下がっていろ」

「はい」

「ちょっと、橋田。素直に従ってるんじゃないわよ」

「牧瀬氏だって引っ込んでるじゃん。というか、オカリンの有無を言わさぬ謎迫力に勝てそうにないお」

「確かに、老練した気さえ感じるような」

「まゆしぃは変わってないと思うけどなー」

皆が研究室に下がったのと同時に、階段を駆け上がる音が響く。
5人か。
俺は立ち上がり、散歩するかのような感覚でドアに近づく。
何も恐くなかった。
ドアが蹴られ、男たちが雪崩れ込む。

「動くなあああ!?」

向けられた銃口に軽く手を添えて射線を逃がし、開いた身体に前蹴りを叩き込む。
同時に掴み取った銃は後ろに放り投げた。銃は弧を描いて部屋隅にあったゴミ箱に収まる。
続けて侵入してきた二人の男は吹き飛んだ最初の男に気をとられている。
電光石火の踏み込みで身体を沈めると、ガスマスクのような覆面を付けた男の胸に手を添えた。
踏み込みによる体重移動、腰の捻転による力の流れ、そして体内で練り上げた気。
全ての動作をひとつの技として昇華し、敵に添えた手から繰り出すその技は。

「通背拳!」

「「ぐあああ!」」

練り上げた俺の気は、1人目を貫通し直線上のもう1人をも吹き飛ばした。
口から吐瀉物をぶちまけた二人は微動だにしない。

「あ、あれは!?」

「知ってるのか橋田!?」

「中国武術のひとつ通背拳!中国の伝説上の猿『通臂猿猴』(つうひえんこう)に由来する、必殺の打撃だぜ。左右の腕の連動と、体内の気を極限まで極めなければあそこまでの威力はでない。まさか、会得している奴がいるとは」

「オカリン凄いねー」

三人を片付けたが、大技による隙は小さくはなかった。
残る二人に銃を構える猶予を与えてしまった。
距離的には短くとも足元に転がった敵が障害物となり、踏み込むスペースは不存在。
跳躍しても格好の的となるのは目に見えている。
想定済みだ。
脱力による自由落下、俺は地に伏せる虎になる。
手中には床に転がしていた得物が握られており、照準をつけられるより早く、俺の右腕は振るわれていた。

「はっ!!」

遠心力により高速で弧を描いた先端は、2艇のサブマシンガンを同時に弾き上げた。
それでも銃を手放さないのは流石プロと賞賛すべきだろう。
だがそれは更なる追撃を受ける結果にしか繋がらなかった。

「ほあぁぁあ!!」

振るう度に左右の手に持ち替え、ヌンチャクは無限の軌道を描く。
敵の指を砕き、今度こそ銃は宙を待った。
それには留まらず、男二人のあらゆる箇所を神速の痛打が襲う。
鼻、肘、膝、顎、肩、脇腹、側頭。
飛び散る返り血さえ全て打ち落とし、男達は倒れるより早く意識を手放した。
宙を舞った2艇の銃がラボの床に衝突し、浮いた一瞬にヌンチャクを叩き込む。
床と天井に何度もぶつかりながら、銃はゴミ箱へと還った。

「こおぉお・・・」

「銃で武装した集団を単独撃破とか、これなんてエロゲ?」

「橋田落ち着きなさい。そんなジャンルのエロゲは存在しないわ」

「オカリン格好良いね~」

深い息吹で高揚した意識を整えれば俺に隙はない。
故に新たな敵は、相手が階段の一段目を踏み込んだ時点で既知の存在となった。
この気は萌郁か。

「・・・え?」

死屍累々の有様に萌郁が珍しく狼狽した表情を見せる。
俺はというと、自然体で相手の動きを待ち構えていた。
ヌンチャクは手放し、無手である。

「・・・岡部君がやったの?」

「そうだ。お前に勝ち目はない。その手にある豆鉄砲が発射されるまでに俺はお前を5回殺せるぞ」

極度に発達した科学は魔法と変わらない、という言葉がある。
同様に、極限の武術は魔術同様の力を持つ。
もはや俺の眼光は真の魔眼と化していた。
殺気を込めた俺の視線に射抜かれた萌郁は、本人の意思に関係なく震えだし、立っている事もままならない。

「っはあ!!!」

萌郁は気絶した。
萌郁自身の防衛本能が俺と対峙する事を危険と判断した結果である。

「橋田、三行で頼む」

「もう、訳、ワカメ」

「萌郁さん、運んでおくね~」

「さて、出てきてもらおうかMr.ブラウン」

「・・・ばれていたか」

のそりと、巨体がラボに踏み入った。
天王寺裕悟。
このビルのオーナーであり、気の良い管理人であり、一児の父であり・・・俺たちの敵。

「まったく気付かなかったぜ。お前、どこの機関の人間だ?」

「俺はただの学生ですよ」

「情報を明かす気はないってことか。確かにお前は強い。俺がやっても敵わないだろう」

言葉とは裏腹に、天王寺は不敵に笑う。
その目は自分の敗北など微塵も考えていない。

「だが俺達は組織だ。お前がいくら強かろうが、数の暴力には太刀打ちできねえ。これで終わりだ」

天王寺が右手を上げる。
しかし、その手には何も握られてはいない。
それが何かの合図であり、彼が勝利を確信している理由であると、紅莉栖とダルも理解する。
何かが起こる、という漠然とした不安。
だが、何も起こらない。
その事実に最も驚いたのは、天王寺だった。

「な、なぜ撃ってこねえ!?」

「それは、隣のビルに配置された狙撃主のことか?」

「!」

「それとも、付近に配置された4チームの別動隊のことかな?」

「・・・何をしやがった」

「俺にはここ以外にも頼れる仲間が居るのでね。そうだろう?」

俺の呼び掛けに対し、彼女は窓からの侵入という形で応えた。
隣のビルから着地したのは、黒いチャイナドレスの女。
当然、知っている顔だ。

「あれ~。完璧に気配を消していたはずなんだけど」

「未熟だな、鈴葉。それでも俺の弟子か」

「えっ、なんで師匠があたしの師匠だって知ってるの?」

「・・・むしろ俺以外の誰がいるというのだ」

「スリットから覗く太ももマジ萌える」

「黙れHENTAI」

「チャイナドレスも今度作ろうかなぁー」

鈴葉の手には棍が握られていた。損傷具合から、戦闘後ということが分かる。
気で感知した人数は20人。
1チーム5人とすれば、計算が合う数字である。

「鈴葉、お前が倒したのは20人で合っているか?」

「え?・・・あー、たぶんそのくらい」

「そのくらい数えておけ馬鹿者」

周囲に気配は無い。問題ないだろう。

「・・・すまん、綯。お父さんはここまでだ」

瞬間、俺は床を蹴った。
天王寺の右手に握られた銃は、俺たちに向けられてはいなかった。
天王寺自身のこめかみに突きつけられている。
引き金には指がかけられており、絞られるまで1秒と掛からないだろう。
俺には充分すぎる猶予だった。
引き金に指が掛かった状態で銃を弾くのは危険と判断し、俺は天王寺に背中からの体当たりを仕掛ける。

「ぐっ」

しかし、単純な体重任せである体当たりは、貧相な俺の身体では大した威力にならなかった。対格差のある天王寺相手では特にだ。
バランスを崩して銃口が頭から離れたのは一瞬で、倒れることなく再度照準を頭に合わせようとする。
体は天王寺に密着しており、手業や足業を繰り出すには距離を取る必要があるが、そんな猶予はない。
万事休す――岡部と鈴葉を除く皆がそう思った。

「鉄山靠」

後日、その時の光景を見ていた紅莉栖はこう語った。


「もう、駄目だと思った。確かに岡部は強かったけど、店長さんの体格を考えれば、止めるのは科学的に不可能だもの。力は質量と加速度に比例するから」

そう言って、紅莉栖は白板にひとつの式を書いた。
『f=ma』

「ニュートンの運動方程式ね。流石のあんたでも分かるでしょ?」

一瞬、馬鹿にするかのような顔を見せるが、彼女のジョークだろう。
黙って話の続きを促す。

「この場合、mは岡部の体重、aは加速度ね。あの時、店長さんを吹き飛ばすにはどちらも足りていなかった。岡部は店長さんに比べて貧弱だし、加速を出すための距離もなかった。現に、助走を付けたタックルが効かなかった直後だしね。万事休す、そう思ったわ」

しかし、そうはならなかった。
科学者として、どう説明する?
俺がそう尋ねると、先程書いた式に何かを書き足す。

『f=ma+k』

この『k』というのは何だ?
そう尋ねると、紅莉栖はジト目で俺を睨む。

「分かってる癖に。・・・カンフーよ。そして、この場合『k』の値はこうなる」

紅莉栖が新たに書いた式はシンプルかつ明瞭。流石、天才少女といったところか。

『k=∞』

「科学もお手上げってところね」

そう言って、彼女は可愛らしく片目を瞑って見せた。
場面は現在に戻る。


「鉄山靠」

ほぼゼロ距離で繰り出した技は、大別すればショルダータックルに当たる。
だがそれは力技ではない、圧倒的な技術。
床が沈むほどの踏み込みによる体重移動、極限まで体内に練り込んだ気の光速爆発は、ほぼゼロ距離『≒0』の隙間を無限の加速航路へと昇華した。
結果として、体重100キログラムを超える天王寺の巨体は・・・消えた。
いや、消えたというのは比喩だ。
正確には、消えたと見紛うほどのスピードで吹き飛ばした。
外野がそう認識できたのは、辺りに響いた轟音と、ラボの壁に埋まった天王寺の姿を視認してからだろう。

「死んだんじゃねーの、あれ?」

「銃持った複数人相手なら、正当防衛が成立するわよ」

「そういう問題じゃないと思われ」

「救急車呼びまーす☆」

こうして、ラウンダーは全滅した。
だがもう1人、いやもうひとつ。
俺が倒すべき事象は残っている。

「あ、れ・・・?」

「まゆり、どうしたの!?」

始まってしまった。
俺が倒したのは『まゆりの死因となり得るラウンダー』に過ぎない。
まゆりはラウンダーに殺されるのではなく、世界線の収束によって死ぬのだ。
外敵がいなければ、まゆりは病死する。おそらく、心臓発作だろう。
ならば、俺が倒す相手はひとつ・・・世界だ。

「鈴葉、周りへの警戒を頼む」

「分かった。頑張ってね、師匠」

鈴葉の声援を背に受け、俺は目を閉じる。
今まさにまゆりは死のうとしている。
これはこの世界線において確定された事項であり、覆すことはできない。
まゆりの死が観測されなければ、世界はまゆりが死ぬまで殺し続けるだろう。
まゆりが死ぬ、これは確定事項。だが、まゆりが復活しないということは確定事項だろうか。
違うはずだ。
つまり、まゆりを殺し、完璧に生き返らせる。
これが世界を超える手段、そして中国拳法に不可能は無い。

気の充実が最大限になったその時、俺は大きく目を見開く。
右手は一指の構えを取り、仰向けに横たわるまゆりに向かい、振り上げた。

「ほあぁぁあああ!!!」

この技は、緻密な動作を要求される。
気を込めた指で身体の一点を正確に突く必要がある。
俺の指がまゆりに触れるまでの刹那の間、幾千にも及ぶループで繰り返した修行が脳裏を巡った。
ループと同じ数だけ不安があった。
ループと同じ数だけ苦悩があった。
それは全て、この瞬間のため!

「うっ!」

「まゆ氏!?」

「まゆり!?」

・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・成功だ。

「紅莉栖、まゆりの脈をとってくれ」

「え、うん。・・・・・・・・・え、嘘」

「閉血愁の経絡秘孔を突いた。まゆりは、毛ほどの苦痛も無かったはずだ」

「な、なんで!?いったい、」

「必要なことだ!説明は後でする、これからまゆりを助ける。言ってくれ、まゆりは今、どうなってる?」

時間が無い。
取り乱し掛けた紅莉栖の両肩を掴み、目を見つめる。
頼む、伝わってくれ。

「・・・死んでる。まゆりの心臓は止まってる」

「え、秘孔って、北斗の」

「起源は中国だ。よし、すぐに生き返らせる」

再び、気を集中させる。

次の技もかなりの気を使う。
脳に血液が行かない時間が長いと、後遺症のリスクは高まっていく。
急ぎ、気を高めなければならない。

「・・・ぐっ!?」

ここで、思わぬ誤算が生じた。
丹田に収束する気の量が明らかに少ない。
連戦に継ぐ身体の酷使、過度の集中。思い当たる節はあまりにも多い。

「くそ、もう少し。もう少しでまゆりを救えるというのに」

「師匠、あたしの気を使って」

焦る俺の左手を、柔らかい感触が包む。
鈴葉が両手で包み込んだ感触だった。

「鈴葉」

「何でも独りでやろうとするなって、師匠が言ったんだよ?さ、あたしが気を送るからさ」

「俺はそんなことを教えた覚えは」

「もちろん、未来でだよ。たぶんだけど、師匠は今この瞬間の経験をあたしに伝えたんじゃないかな。使わないと、タイムパラドックスが起きちゃうよ」

「私も手伝う!」

「ぼ、僕もだお!」

全員が、俺の右手を掴んでいた。
熱い。
掴まれた腕が、胸が、そして心が。
身体の中心に、火が灯った気がした。

「よし、お前ら。手に意識を集中しろ。脱力感があるだろうが、我慢してくれ」

「橋田から多く取っておきなさい。痩せるかもしれないわ」

「ええ~、僕が痩せたらもて過ぎて世界がやばいお」

「そ、そしたらあたしも危ないかも!?」

「まったく、緊張感の無い奴らだ。いくぞ!」

激流のようだった。
意識した瞬間、大量の気が俺の中に流れ込む。
こんな量の気を持っていたのか!?
驚いて皆の顔を見回した瞬間、俺は悟った。
全員、必死だった。
歯を食いしばり、襲われているであろう脱力感に抗っている。
心の底からまゆりを救うことしか考えていない。
気の極意は集中。故に、今ここに居る三人は世界で最も高度な気の使い手なのだ。
負けていられないな。
俺は、体中を暴れまわる龍のような気脈をまとめることだけに集中する。
全ては、まゆりを救うためだけに。

「今だ!」

俺の声に反応し、三人が手を離す。
断言しよう、この時、俺の右手は間違いなく光り輝いていた。
まゆりの胸に手を当て、光を押し込むように力を込める。
光が、気が、まゆりの全身を行き渡るように。
天に舞い上がらんとする龍のイメージが脳裏に映った瞬間、俺は叫んでいた。

「飛べよおおおお!」

一際眩い光がラボを包む。
その光が収束し、全てがまゆりの体内に収まった刹那―――まゆりは息を吹き返した。

―――
――


一週間後。
俺達は、いつものようにラボに集まっていた。
そこにまゆりはいない。
なぜなら、今日が退院日だからである。
後遺症無く生き返ったまゆりは、念のために入院していた。仮にも一度死んだのだから当然か。

「トゥットルー!まゆしぃです」

ラボに現れたまゆりはラボメン全員に囲まれた。
その光景に、自然と笑みが浮かぶ。
元気そうで何よりだ。
あれから、世界線の収束による死の兆候も無い。

ちなみに、ラウンダーは全員警察に引き渡した。
天王寺は重体だが、警察にはラウンダーに襲われたと伝えておいた。
自殺防止のため、綯をネタに釘を刺した。
そんなことせずとも、泣きじゃくる綯の顔を見れば、自分が死ぬことでどうなるかは想像がついただろうが。
SERNへの情報操作もダルが行ったため、しばらくは手を出されることは無いだろう。
俺達はその間にタイムリープマシンでSERNを追い詰め続けている。こちらも時間の問題だ。

「岡部、何ニヤニヤしてるのよ」

「今日ぐらいいいだろう。まゆりがこうして助かったのだからな」

「ったく。にしても呆れたわ。どうにもならないから中国武術で解決しようだなんて、あんたそれでよく科学者を自称してたわね」

言われてみれば、我ながらとんでも理論にもほどがある。
それほどまでに追い詰められていたのだから仕方ない。

「これも、シュタインズ・ゲートの選択ってやつかしら」

明らかに馬鹿にした表情の紅莉栖だが、別に怒りはしない。
シュタインズ・ゲートの選択、今回はその言葉で終わらせるべきでないと分かっているからだ。

「これが、功夫の賜物だよ」