第六話その2
「炸裂!タケシワールド!!後編」


「ヘルガー!!」
アタシは反射的に叫び、ふらつくヘルガーに駆け寄った。
「ヘルガー…その脚…一体何があったの?」
しかしヘルガーに触れようとした瞬間。
「…ッガァァァァァァァ!!!」
「きゃあ!」
ヘルガーの放った火炎放射を間一髪で躱したが尻餅をついてしまった。ハッとして前を見るが、ヘルガーは既に逃げてしまったようだった。
「そんな…あんな脚で走り続けたら…。」
とにかく、追いかけなければ!

「ジョーイさん、あのヘルガーはどこを怪我していたんですか?」
そう問うと、ジョーイさんは痛々しい顔をしてこう言った。
「…あの子は、後ろの左足を骨折していたんです。一応ギブスを付けていたのですが、もしかしたら逃げ出した時にとれてしまったかも…。」
「骨折?!ポケモンがですか?!」
ポケモンは元来とても丈夫な生き物なのだ。擦り傷や状態異常になることはあっても、骨が折れるなどと言ったことはほとんど見られない。それは、普段から激しいバトルを繰り返しているところを見ても分かるものだ。
「…つまり、あのヘルガーは…」
「えぇ…人が故意に怪我させたか、私達が想像するより遥かに激しいバトルをしたか…そのどちらかです。」
冷静に努めようとしても動揺してしまう。まさかポケモンが骨折だなんて…。
「タケシ!」
自分の名を呼ばれて向いた方にはセレナがいた。
「セレナか!どうだ?ヘルガーは見つかったか?」
「ううん、ポケモン達に出てもらって一緒に捜してたんだけど見つからないの…。」
一体どこに行ったというんだ。このままでは……。仮にギブスが外れているなら、今ヘルガーはとてつもない痛みを感じているはずだ。それにもし複雑骨折化した場合、つまり皮膚から折れた骨が突き出た場合、出血もあり、そのまま手遅れになれば大量出血による死亡、間に合っても脚の切断も有り得る…。
「…くそっ!一体どこへ行ったんだ!!」
そこまで考えて自分の情けなさに腹が立って悪態をついてしまった。最悪の場合を想定して脚が震える。捜さねばならないのに頭が真っ白になって……。視界が歪んで…。
「しっかりしてよタケシ!!」
「っ!!……ハルカ…?」
いつの間にか合流してたようだ。
若干オロついているジョーイさんとセレナをよそに、なおもハルカの叱責は続く。
「こんな所で悩んでたってしょうがないでしょ!タケシが何でこうなってるかよくわかんないけど、でもこうしてる間にもヘルガーは苦しんでる!世界一のポケモンドクターになるんじゃないの?!苦しそうなポケモン達を助けたいんじゃないの?!……今のタケシ、今までで一番かっこ悪いかも…。」
そう言ってからセレナに声をかけて、ハルカは走り出していった。
「…俺は…。」
うろたえている暇などない。分かっている。だけど……。
「…タケシ。ハルカが、ヘルガーを見つけたって。私、先にハルカを追いかけるから、タケシもすぐに来て。……迷ったら、まず動いてみる。それで失敗したって、何かは残る。サトシが、迷ってた私にくれた言葉。きっとサトシならそう言うよ…?今は失敗していい訳では無いけど、失敗を恐れて何も出来なかったら、きっとその方がずっと後悔するわ。だから…絶対にヘルガーを助けましょう。」
「…セレナ…。」
顔を上げて見たセレナは、笑顔だった。力強く、堅く、決意を新たにした笑顔だ。しばらくするとセレナはハルカを追って走っていった。
「………情けないな、本当に…。男がこんなでは…。」
「…タケシさん?」
後ろから声をかけてきたジョーイさんに振り向き、頭を下げた。
「申し訳ありません!俺がこんなでは、助けられるものもあります助けられない…でも、もう大丈夫ですから!」
上げた顔から覚悟が伝わったのだろう。ジョーイさんは頷いて行きましょうと言った。

「避けてバシャーモ!」
相当な痛みがあるはずなのに、ヘルガーは火炎放射を連発して抵抗してくる。ハルカのバシャーモも避けるので精一杯なようだ。
ならば。
「ロコン!大文字を地面に撃って!!」
「コォォォン!!」
黒煙と砂塵が舞い上がり、ヘルガーとの間の視界を隔絶する。
「ハルカ!今のうちに!」
「ありがとうセレナ!」
ハルカはバシャーモに指示を出して後退させる。これならしばらくは時間を稼げるだろう。それまでにタケシが来てくれれば…。
「……ッガァァァァァァァァァ!!!!」
煙を裂くように火炎が飛び出した。ヘルガーだ、ヘルガーが火炎放射で間を隔絶していた煙を消し去ってしまった!
「うそでしょ?!どこにそんな力が残っているの?!」
ハルカも驚いて声を上げた。だがそれで終わりではなかった。
「ッ!!ハルカ!避けて!!!」
不意をつかれて動けなかったハルカに、容赦無くヘルガーは間違いなく今までで最大の火力で炎を吐き出した。
「ハルカ!!」
ダメだ、動けない。ハルカに聞こえたのかも分からない。ひとつ言えるのは、その時私は爆発とほぼ同時に地面が割れる音を聞いた気がしたことだった。
「…………ハル…カ……?」
煙が目にしみて視界がおぼつかない。我慢して目を開くと、ハルカとヘルガーの間に銀色の巨大な何かがいたことだけは分かった。


あたしは…どうなったの…?確か、ヘルガーの火炎放射があたしに当たりそうになって……。
「……カ…」
爆音を聞いた気がする。耳鳴りが酷い。そんな中で何かが聞こえる。
「……ハル……カ……」
あたしを呼んでるのだろうか、そんな実感がしてくると同時に、地に足がついた心地がした。
「ハルカ!!!」
ハッと目を開けると、セレナがこちらに向かって走って来ていた。
「セレナ!…えっと、あたしどうなって……。」
「このポケモンが守ってくれたのよ。」
前を向くと、目の前に大穴から銀色のゴツゴツした巨大な何かがその体を伸ばしていた。
「これって…もしかしてハガネール?!」
「ハガネール……。」
セレナは初めて見たのだろう、名前を呟きながら図鑑を取り出していた。
『ハガネール。鉄蛇ポケモン。鋼、地面タイプ。地中の高い圧力と熱で鍛えられた体は、あらゆる金属より硬い。』
「でも、どうしてハガネールがこんな所に…?」
「ハルカ!セレナ!怪我はないか!?」
疑問を口に出した時には既に答えは出ていた。
タケシが来てくれた!

「ハガネール、ありがとう。戻ってくれ。」
地中から半分ほど体を出しているハガネールにお礼を言ってボールに戻した。駆けつけた時には危ない状況になっていて、俺が走っていくよりもハガネールに地中を進んでもらった方が遥かに速かったので、この選択で正しかった。
「タケシ…。」
ハルカが何やらバツの悪そうな顔で俺を呼ぶ。
「話は後だ。それよりも今はヘルガーを。」
恐らくさっきの叱責のことだろう。だが、今はそれどころではない。すぐにヘルガーを保護せねば!
「タケシさん!危ない!!」
「ッ!!」
間一髪。ジョーイさんの警告が無ければ今頃丸焦げだった。
「タケシ、どうするの?」
セレナがヘルガーの方を見ながら俺に問う。
「……俺に任せてくれないか?」
バトルを避け、誰も傷つけずにヘルガーを保護するには……この手段しかない。
俺はセレナにそれだけ言うとゆっくりとヘルガーに近づき出した。今度は予想出来ていたのだろう、三人とも黙ってじっとしている。近づいていくにつれてヘルガーの容態がだんだん分かってくる。関節が一つ増えた左後脚、眼は血走っていて、牙をむき出して威嚇する姿は怒っているようにも怯えているようにも見える。
「ヘルガー…。」
「ッガァァァァ!!!」
冷静に一発目の火炎放射を避けてゆっくりとヘルガーに近づく。あと半分。
「大丈夫だ、怖がる必要は無い。」
「ガァァアアア!!」
二発目も避ける。もうヘルガーは目と鼻の先だ。
「ガァァァァァァアア!!!」
もう残り二、三歩という距離での三発目。避けきれなかった。左腕の痛覚がヒリヒリと主張する。しかし、不思議と全く気にならなかった。そんなことも考えている余裕も無かったのだろう。俺は残りの距離を一気に詰めてヘルガーの目の前に跪いた。
「っ!!」
面食らった表情。火炎の発射のタイミングより早く目の前に来られたからだろう。食いしばった歯の隙間から炎をチラつかせながら再び憤怒とも怖れともとれる目に戻る。
しばらく膠着状態が続いた。もしかしたらほんの刹那の間だったのかもしれないが、俺からしたら長い沈黙だった。
「………俺達は、お前を助けたいだけなんだ…ヘルガー。」
穏やかにそう言ってゆっくりと左手を差伸べると、その左手に激痛が走った。
「っ………そうだ、それでいいんだ…信じてくれ…。」
手に噛み付いたヘルガーの目がゆっくりと落ち着きを取り戻していく。
「…………。」
ゆっくりと、口から力が抜けてヘルガーは倒れてしまった。


今日は本当に大変な日だった。トウカの森の一部消失を目撃し、そしてヘルガーの逃走。カロスで旅をした時にも色んな大変なことがあったが、今回のことはこれまででもトップクラスに入るだろう。ポケモンセンターに帰ってきた時にはもう夕方だった。私とハルカは何とか無事だったが、目の前には左肩を火傷し、左手には痛々しく包帯を巻かれたタケシが不安そうに座っている。
あの後、意識を失ったヘルガーをすぐに保護してポケモンセンターに搬送、今はジョーイさんがヘルガーの治療に当たっている。
「タケシ…その、さっきはごめんなさい。あたし、酷いこと言ったかも…。」
ハルカが森での叱責をタケシに謝った。だがタケシはそのことにあっけらかんとして。
「かもじゃなくて結構響いたよ。でも謝ることなんて無いさ、おかげで目が覚めたよ。あの後ヘルガーを保護できたのはハルカの言葉があったからだ。」
と答えた。だがやはりまだヘルガーのことが不安なようだ。
「タケシ、きっとヘルガーは大丈夫よ。ジョーイさんがちゃんと治療してくれてるんだから。」
私がそう励ますと、それでもやはり不安そうに頷いた。
ヘルガーを連れ戻した後、緊急手術をするということでタケシは治療室に入ってジョーイさんを手伝おうとしたのだが、彼自身の怪我が酷いのもあって閉め出されてしまったのだ。そしてラッキーというポケモンに火傷と噛まれた傷を治療してもらって今に至る。
場違いな感想だが、カロスではプクリンがジョーイさんの助手だったのがホウエンではラッキーなんだ、と少し驚いてた。ジョーイさんの雰囲気なんかもカロスとは少し違う。でもやはりホウエンのポケモンセンターならどこへ行ってもジョーイさんは皆同じ顔をしているのだろう。それは今日このポケモンセンターに着いた時、カナズミシティのジョーイさんと同じ顔だったこととカロスでの経験からの推測だった。
疲れや不安もあって皆黙っていた。その不安でうるさい静寂を、治療室のドアが開く音が一瞬で破った。
「ジョーイさん!ヘルガーは?」
それに一番に反応して駆け寄ったのはタケシだった。私とハルカもタケシに続いて立ち上がった。
「安心してください、もう大丈夫ですよ。しっかりと折れた箇所を固定し直して、今はまだ寝ています。」
全員がその言葉に安堵した。ヘルガーはジョーイさんによると、疲れと骨折の痛みで気を失って倒れたようだった。一応今は念のために治療台に特殊なバリアを張っているらしい。
「ジョーイさん、ヘルガーの様子を見に行ってもいいですか?」
ジョーイさんは頷いてそれに許可をしてくれた。
治療室に入ると件のヘルガーは治療台の上に横になって寝ていた。とても安らかな寝顔をしている。
「…よかった。やっと安心したよ…。」
タケシが溜め息のようにそう言ってバリアに左手をかざした。するとヘルガーが目を覚まして立ち上がってタケシの前に来た。
「ヘルガー!まだ安静にしてなくちゃダメよ!」
ジョーイさんが注意したが聞く耳を持たずにバリア越しにタケシの左手、ヘルガーが噛み付いた箇所を舐め始めた。
「…お前……。もう大丈夫だぞヘルガー。…ありがとう。」
人を見た瞬間に暴れていたのが嘘のようだ。タケシは、堅く閉じていたヘルガーの心を開かせたと言うのか。
「よかった。これならもう人に襲いかかることもないわね。」
ハルカも笑ってそう言った。ならばもうバリアを外しても大丈夫ということでは無いのだが、ジョーイさんが少しだけだと念を押してヘルガーとの触れ合いを許してくれた。

「ところで、あのヘルガーのトレーナーはいるんですか?」
俺のこの問いにジョーイさんは首を横に振ってこう言った。
「野生なんだと思います。野生のヘルガーがトウカの森にいたことも不思議ではありますから断言はできないですが、それでもその可能性は高いです。」
ならあのヘルガーはどうなるのだろう。人にはもう慣れたと言っても、トレーナーがいなければどうしようもない。かと言って今の状態で俺達が旅に連れて行くのも無理だ。なら、暫くこのポケモンセンターで生活することになるか。
「このポケモンセンターでお世話しようと思います。少なくとも脚が治って、ヘルガーが元の場所に戻りたいと思う頃までは、ですけどね。」
ジョーイさんも同意見のようだ。診療台を見れば、ヘルガーは身体を横たえたままじっとこちらを見ている。
「心配しなくても大丈夫だぞヘルガー、暫くの辛抱だからな。」
そう言って撫でてやると嬉しそうに尻尾を振ったのだった。

日が暮れて、お腹が鳴って忘れていたことを思い出した。
「あっ、夕ご飯まだだったっけ?」
そう聞くとハルカもお腹に手を当てて空腹を自覚した。
「ところでタケシは?さっきから姿が見えないけど。」
暫くハルカと話している間にどこかへ行ってしまったようだ。
「あっ、ねぇセレナ、これからとっても美味しいご飯が食べられるわよ!」
「えっ、どういうこと?」
答えはすぐに分かった。とても濃厚でいい匂いが漂ってきたのだ。
「二人とも、お腹すいたろ?夕飯にしよう。」
そう言ってタケシが三枚の皿をテーブルに置いた。その中に入っていたのは、タケシが作ったクリームシチューだった。

続く