暗い壁、薄紅の唇、淡く灯される光。
撫でられた髪、囁かれた甘言。
感覚を甘く溶かすその声が静かに耳元に響き、無意識に触れ合わせた唇は口付けを求める。
首筋に伝う水沫の冷たさに彼は小さく痙攣し、既に数え切れなどしない吐息の中で静かに震える。
翻るカーテンは、音もなく靡く。

そして戴く冠は歪な茨で組み上げられたもので、小さな宝石の華たちがその奇妙な環を飾り立てては互いだけを薄く照らす。
目の前で左手が小さく指を折る。
同じ様に右手を掲げ、その指を絡め合う。
仄かな紅の灯は彼等を忘却へと誘い、背け続けた過去を最奥へ封じる。
灯火は静かに燃えながらその色を変える。
暗闇の中にはっきりとした境界を作りながら。

頬を撫で、名前を呼ぶ。
酷く愛しい、その相手の名を。
狂おしいほどに愛する、その名前を。
微かな微睡みと沸き上がる欲が、ヴェールの様に彼等を包んでいた。
解かされる思考、溶かされる欲。
彼等が望んでいたその戯れは、静かに行われる。

閑寂に映される色彩が融け、形容しがたい快楽は喉奥まで迫っている。
再び、その名を呼ぶ。
それは、先程までの声では無い。
少し揺れた声。
更に彼を求める声。
振り絞り出した、掠れた声。
それはある意味で提琴の残響のようで、調和を残した音のようで。

ちりん、と、微かに鈴の音が鳴る。

薄く開いた窓から静かに流れる風が、彼等の頬を優しく撫でる。

冷えていた身体は、気が付くと暖かい。
蕩けた思考の中で、また舌先を重ね合わせる。
指を絡めて、足を合わせて、その扉を開くことを求めて。
甘く重ね合わされた舌先はじっとりと思考を滲ませてゆく。
乾いた空気に響く湿った水音が、そうある状況を知覚させる。
最奥を求めるその心と、『このままで居たい』という願望。
それらは彼らの中で複雑に絡み合いながら、より苦々しい記憶を呼び起こす。

だが、既にその一線を超えるという行為が、容易い事実に変わっている事には相違ない。
相反する色彩が織り混ざってゆく中、交錯する思考は昏く。
留め金は容易く外され、彼等は求めていた快楽の底に揺蕩う。

快楽など、常に、既に鍵が投げ捨てられた牢の様なものだ。
彼等は望まれるまでもなく臨み、望み続けた快楽の茫洋の深海へとふわりと堕ちる。
音もなく。
呼吸もなく。

ただ満たされる為だけに求めて。

白く泡立つ意識の空白を、灰で埋めて。

──────

穢欲の萌芽、冷めやらぬ興奮。
空隙、色彩の交じる空。
硝子のように次々と変彩するその瞳は僅かに潤み。
薄闇から浮かぶ昏い欲は、彼らを静かに誘う。
薄く開いた窓から風が吹き、優しく頬を撫で、すり抜ける。
これは彼等が望んだ事か。
それとも、この恣意の粃の色欲の惨憺すらも、刻みつけられた物なのか。

折り重ねられた茫洋の混彩。
吐息に絡み付く鼓動。
恍惚と感嘆とが混じり、思考の表面を甘く溶かす水音は静かに響く。
空隙に引かれた銀の糸が、彼らを静かに繋ぐ。
抱いていたその愛は、いつしか彼らの意思を、宿痾となり蝕んでいた。

手が重ね合わされ、指が絡み、白い頬は薄紅に染まる。
広がる期待、ある意味では無邪気な好奇心。
縺れてゆく思考。
舌先が触れ合わせられ、甘い欲をより深め。
幼い心はその僅かな欲に応え、その息を上気させる。

何度も、幾度と無く、その戯れは続く。
誰の眼にも映らない、映される事の無い快楽。
かつての叫びは今の淫蕩の華を開かせ。
果実が落ちるように色彩が狂い咲き。
至る苦しみは蔦のように絡みつく。
意識は既に惚け。
思考を溶かす体温は、暖かい雨を降らし、互いだけを求め続ける。
その長い髪に指先を埋め、流れる雫を指先で掬い、同じように甘言を囁く。

既にその箱は開かれていて、唇に流れる忘我の河は澄んだものに変わる。
揺蕩い、溺れ、飲み込まれ、その愛は現実になる。
内に秘め、願ったその純愛は混ざり。
宛らステンドグラスのように、複雑で婀娜めいた色彩に移り変わる。

絡み合う糸のように、彼らの意思は掻き混ぜられ。
残り、熔けた蜜はまた彼らに新たな熱を示す。

その新たな熱は、水飴の様に、彼等の心を淡く、優しく包み込んで行く。
指先で感じた熱は糸のように絡み合いながら膨らんでゆく。
重なり合い、水面のように色を変えた双眸。
甘く、少しほろ苦い彼等の愛は。
彼等自身でさえ、もう止める事は出来ない。

欠けた月から覗き込んだ色彩は、形容し難い妖艶さを孕んでいた。
遠近を無視して咲く花たちのその冷たい花弁が、熱を持った彼の粘膜を舐るように犯す。
その花弁が肌に触れる度に、その身体が震え。
求め続けていたその快楽に、次第に声は耳へと届き、反響する。
緩やかに解けた甘い鎖。
目の前に咲き誇る数多の花は落ち、揺蕩うその花弁は彼の前で動きを止める。
夜闇に攫われるようなその白黒だけが、互いの視界に残る。

彼等を囲み、包む華は、虚空に漂い、最奥を求める二人を隠す。
禁じられた行為、戯れ。

其れを受け容れる様に。
唯、静かに。