ばるはらトータス

001

大学の夏休みのある日。
僕にとって、2ヶ月弱という長期休暇は長過ぎた。
大学生活という限られたモラトリアムのさらに限られた長期休暇を怠惰に過ごすのは心を蝕む何かがあったが、それを無視して朝から惰眠を貪っていた。
昨今の若者らしくやれ海だやれ山だと遊ぶのも良いだろう。
だけど僕は泳げないから海には行けないし、大前提として出掛けるような男友達も居ない。
ならばと一念発起して自分探しの旅に出るという手もあるが、身近に世界を旅する奴がいるせいで気後れしてしまう。
僕が行けるのは頑張っても国内だ。離島辺りからいけるかどうか怪しくなってくる。
最も、あいつは既に自分の中に猫と虎を飼っているから、これ以上新たな自分発見とか言ってライオンあたりを増やされても困るけどな。

忍「お前様よ、先ほどから何をぶつぶつ言っておるのじゃ」

耐えかねたように忍が話し掛けてきた。
ベッドで大の字になっている僕の腹を枕にして、DSで遊んでいる。
BGMから察するにプレイしているのはポケモンのようだ。
言葉に出したつもりは無いが、心中のもやもやが伝播したのだろう。

暦「忍えもん、僕は暇なんだ」

忍「誰が青狸じゃ。わしは忙しい。初期レベルクリアは難しすぎるのう」

暦「それ、凄く暇な奴しかやらないと思うんだが」

忍「うるさいのう。ツンデレ娘とデートにでも行ったらどうじゃ」

観念したのか、DSを閉じて視線をこちらに向けてきた。
何だかんだ言って忍も暇なんだろう。
わざわざ影から出てきて遊んでいる辺り、ひたぎのツンデレに影響されたのだろうか。
ちなみにひたぎはアルバイトでお父さんを手伝っているらしく、今日は会う予定は無い。

暦「なあ、何か面白いもの出してくれよ忍えもん」

忍「まだその設定を続けるか。・・・あ、そうじゃ」

暦「え、マジで何かあるのか?」

冗談のつもりだったんだが。
忍に娯楽を提供してもらうと言うより、忍とのトークで暇を潰そうと思っただけだ。
しかしよく考えれば約600年生きてきたこいつにとって、終わりの無い日々を過ごしてきたこいつにとって。
日常が暇潰しだったのかもしれない。
刺激を求める日常だったのかもしれない。
そう考えれば計らずとも暇潰しのエキスパートに相談した結果になったのだろうか。

忍「一昨日、怪異を捕獲したまま食べるのを忘れておった」

暦「怪異を冷蔵庫のプリンみたいに言うな」

しかし今はただの幼女だった。

忍「吸血する日は明日じゃろ?今のわしは相当に力が弱い。吸血後に食べようと思って影に閉じ込めておいたのじゃ」

暦「そういうことか。でも危ない怪異だから捕まえていたんじゃないのか?」

忍「いや、偶然に捕まえただけじゃ。この家の庭におったからの」

暦「ふーん。どんな怪異なんだ?」

忍「移し亀。移し瓶ともいう。この亀に魅入られた人間二人の人格は入れ変わってしまう。ちょうど、2つの水瓶の中身をそっくり移し変えたようにの。

歳の近い同性の人間同士にしか効果は無いが」

暦「超やばい奴じゃん!」

うちの妹達がドンピシャじゃん、それ。
特に、火燐ちゃんの肉体性能に月火ちゃんの暴力性が加わったら、僕の身が危ない。
千枚通しじゃなくてアメリカンホラーばりのチェーンソーとか持ってきそう。
火燐ちゃんの人格が入った月火ちゃんは・・・うん、無害そう。
せいぜい浴衣の着方が分からなくて全裸になるくらいだろう。
この場合、被害を受けるのは月火ちゃんであり、それを見た僕だろう。

忍「安心せい。そうなる前にわしが捕まえておるし、こいつは力の弱い怪異じゃから効果は1日程度じゃ」

暦「なんだかご都合主義な怪異だなあ」

忍「怪異は人間が望んだもの。ご都合主義はその結果じゃろ」

暦「そういうもんか。それ、さっさと食べてくれよ。野に放たれたら面倒だ」

忍「かかっ。わしを誰じゃと思っておる。そんなうっかりミスなぞする訳が無かろう。もしそうなったらゴスロリ服を着て町内1週したあげく、撮影会も開催してやろう」

暦「なんでわざわざフラグ立てていくか理解に苦しむな・・・」

というか、さっきまで忘れてたじゃん。
嫌な予感しかしないし、吸血させたら真っ先に食べさせよう。
移し亀には悪いけど、実際に事が起きたらかなり面倒なのは間違いない。
正直、忍のゴスロリ服姿は見てみたいが、面倒ごとはごめんだ。
僕が求めるのは平和の延長線上にある刺激であり、戦場のような刺激は恋人から過剰提供されている。
刺激どころか刺突されたこともあるけど。

忍「お前様よ。暇だというなら出掛けたらどうじゃ。当てが無いなら、わしが良い店を知っておる」

暦「お前はドーナツが食べたいだけだろう。・・・まあ最近は行ってなかったし、明日の吸血に備えて糖分でも摂りに行くか」

忍「それでこそ我が主よの。さ、行くぞ」

暦「安い忠誠だな。こら、走るな」

忍に引っ張られる形でミスドへと向かう。
だが、この会話がフラグとなってあんな事件に繋がるとは、この時の僕は夢にも思わなかった。
という訳ではなく。
薄々感じつつも深く考えず、その日を何となく過ごしていたら事件を起こす。
そして僕は「しまった」と思うのだ。
これは僕の迂闊さが原因で亀と出会ってしまった二人と僕の物語である。


002

結論から言うと、移し亀が逃げた。
プレゼンなどの発表は結果から説明することで過程が頭に入り易くなるという。
今回はその手法に則って章の第一行目から情報を載せてみた。
過程すら簡潔に話すと、忍のうっかりである。
過程も結果もまとめたなら、それは概要であり、事実だけを知りたいのなら充分だろう。
しかしこのシリーズの売りは語り口調で進行する、登場人物目線の心情を伴った、物語なのだ。
今回の語り部は僕こと阿良々木暦であり、つまり話を進行する上で僕の心情を吐露することには正当性がある。
大袈裟に言えば義務がある。
であれば、僕の心情も必要不可欠な情報としてここに追記しておこう。
激おこである。

暦「言い訳はあるか、忍」

忍「わしの失態は主であるお前様の監督不届きじゃ」

暦「言うに事欠いてこの野郎」

忍「仕方あるまい。ドーナツを食べれば頬が緩む、頬が緩めば気も緩む。亀の逃走は当然の帰結じゃの」

暦「なら僕は財布の紐は決して緩めず、ミスドには行かないことにしよう」

忍「ごめんなさーい!」

忍は僕の腹に顔をうずめてガチ謝罪を敢行した。
こいつ、最近は幼女的反応をすることに躊躇しなくなってきているな。
ここまで執着されると、ドーナツの怪異とかに変質しないか心配ですらある。
僕は嫌だぞ、ドーナツ怪異の眷属なんて。
手からポンデリングとか出せるようになるのか。

暦「お前の処遇は追々考えるとして、怪異が何処に逃げたか分からないのか?」

僕にくっついている忍の肩に手を置いて見下ろすと、見上げてきた視線とかち合う。
忍は僕の問に、うむむと唸って考え込んだ。

忍「・・・少なくともこの家にはおらん。しかし亀はわしに捕まった際に激怒していたからのう。もしかしたらわしに復讐するかもしれん」

暦「復讐って言っても、今のお前に捕まるほど弱い怪異なんだろう?」

忍「うむ。だからわしの身近な人間に害が及ぶかもしれん。わしの身近な者、つまりはお前様の身近な者じゃな」

暦「この家に居ないなら家族は無事だな。今朝話した時は普通だったし」

忍「となれば、限られてくる。お前様は交友範囲が狭いからの」

暦「余計なお世話だ。・・・まず、ひたぎが危ないな」

携帯電話を手に取る。
時刻は午前9時。
ひたぎなら起きているだろうし、連絡してみよう。
しかし、コール音は響くがひたぎが電話に出ることは無かった。

暦「・・・出ないな」

忍「怪異に遭ったとしても、身動きが取れなくなるようなことは無いはずじゃが」

暦「そうだとしても、心配するなって言うのは無理な話だ。・・・神原にも連絡してみるか」

ひたぎの次に身近な人物、と言われれば神原あたりだろう。
羽川は海外にいるから物理的に遠いし。この場合に物理的距離が関係あるかは不明だが、とりあえずは保留としよう。
高校時代は掃除のため定期的に神原宅に通っていたし、精神的距離が近いのは間違いない。
しかし、こいつが誰かと入れ替わっていたとしても、その誰かは不憫だな。
1日で変態の汚名を着せられるだろう。
とにかく電話してみるか。

暦「・・・お、神原か?」

駿河『ご存知、神原駿河だ。朝早くに先輩からお電話を頂けるとは光栄だな。何か急ぎの御用だろうか?』

どうやら神原は無事だったようだ。
そうと分かれば用は無いんだが、こちらから電話をかけておいて用件無しでは、いくら神原でも失礼だろう。

暦「えーと。そうだな、お前にも事情を話しておこう」

駿河『私としては戦場ヶ原先輩との情事をお話頂きたいのだが』

暦「黙って聞いてろ」

忍の失態であるということを明確にしつつ、事情を説明する。
責任の所在ははっきりとさせなければならない。
特に僕の責任ではないという点は最重要事項だ。
僕に秘書がいたら、罪を被って何度逮捕されているか分からないだろう。
僕としては八九寺と斧乃木ちゃんを秘書にしたいんだが、僕が秘書に悪戯した場合も秘書が逮捕されるのだろうか。
秘書に秘書を悪戯させて僕が撮影する、という構図でも秘書が逮捕されるのだろうか。
今度、羽川に相談してみるとしよう。
怒られるのは目に見えているが、怒られてでもはっきりさせるべき内容でもある。
羽川に怒られたいと言う願望もある。
さて、こんなことを考えながらも神原への説明は終わった。

駿河『なるほど。忍ちゃんが亀に悪戯して、今度は私たちが亀に悪戯される可能性があるのだな』

暦「亀を何かの隠語のように扱うな。とにかく、それらしいのに遭ったらすぐ連絡してくれ」

駿河『あ、待ってくれ。実は話しながら阿良々木先輩の家に向かっていた。私にも手伝わせて欲しい』

暦「それは助かるけど、今どこだ?」

駿河『阿良々木先輩のご自宅前だ』

速過ぎるだろう。
電話越しの僕に移動を悟らせず、歩くより早く家まで来たと言うのか。
物理的に不可能な気がするんだが。

暦「分かった、待ってろ」

身支度を整えて家を出る。
日差しが強いからか、忍は影に戻っていった。

駿河「おはよう、阿良々木先輩」

門を出てすぐに神原が駆け寄ってくる。
スピードは緩めず、僕の腕の抱きついてきた。
押されてバランスを崩しそうになったが、何とか踏みとどまる。
しかしそのせいで柔らかい感触を腕に受けてしまった。
女子特有の柔らかい部分を腕で受け止めてしまった。
それが何であるか説明は必要だろうか。
いや、ない。
こういう時、その柔らかさを何かに例える場面は多い。
なるほど、その感動を共感させるべく一般的な感触に例えるのは理に適っている。
だが果たして、それは正しいだろうか。
例えば、マシュマロのような柔らかさだった、と表現する。
しかしマシュマロがマシュマロたりえるには、その食感や味も重要な要素であり、今の場面には存在しない。
むしろ今の場面で柔らかさ以外に存在した、匂いや視覚的情報や多幸感などを表すには不純物ですらある。
つまり僕が何を言いたいかというと、腕に胸が当たったという現象は唯一無二の事象であり、ひとつの概念ですらあり、別の何かに例えることは不可能なのだ。
だから、今の場面を文章で表現するのはこう書くしかない。
神原のおっぱいが僕の腕に当たって超やばい。
何を考えているのかしら阿良々木君。
・・・ちなみに、今のは幻聴なので気にしないで欲しい。
僕はひたぎのハードな訓練を経て、ピンクな思考を広げるとひたぎの冷声がモノローグでも何でも割り込んでくるようになっただけだ。
お陰で頭が冷えた、と言うか肝が冷えたので冷静に対処しよう。

暦「おい神原。抱きつくなよ」

駿河「おっぱいなら気にしなくて良い」

暦「気にするわ!」

駿河「なんなら揉みしだいてもいいぞ」

暦「マジで!?・・・・・・・・・いや、アウトだろ」

いくらなんでも後輩の胸を揉むのは駄目だ。
許されるのは妹と八九寺ぐらいだ。
ちょっと悩んだけど、やっぱり駄目だろう。

駿河「手をわきわきさせてからでは説得力に欠けるな。いつもは揉んでいるのにどうしたんだ?」

暦「事実と思われるような嘘をつくんじゃない」

駿河「ならキスでも許そう」

暦「お前が溺れたら酸素注入口として使ってやる」

駿河「よしきた」

暦「まて、命を賭けるな」

駿河「いや、阿良々木先輩を溺れさせる」

暦「されるよりしたい派!?」

駿河「ははは、冗談だよ阿良々木先輩。それより、戦場ヶ原先輩には事情を説明したのか?」

暦「いや、電話したんだが繋がらなくてな。直接、家に行こうかと思ったんだけど」

駿河「つい先ほど私が連絡した時は繋がったぞ。手が離せないとの事ですぐに切れてしまったが」

とりあえず無事、と判断して良いのだろうか。
手が離せない、というのが怪異絡みという可能性も考えられるか。
神原の電話に出たひたぎは、中身が別人だったのかもしれないし。
どちらにせよ、ひたぎの家に行ってみよう。

暦「よし、戦場ヶ原の家に行こう。事情も説明したいし」

駿河「分かった」

特に会話も無く、戦場ヶ原宅を目指す。
現状、移し亀の手掛かりがないのが問題だ。
戦場ヶ原が無事なら良いことではあるが、心当たりが狭まるのも事実だ。
後は羽川か千石か。
大学の知人、いや友人は無い気がするし。
他の知り合いは怪異のエキスパートだしなあ。
考えても答えが出るはずも無く、やがて戦場ヶ原宅に到着する。
さっそく呼び鈴を押した。
・・・・・・反応が無い。

暦「おーい、ひたぎ」

ノックしても同じだった。
留守だろうか。
駿河「阿良々木先輩、私は合鍵を持っているぞ」

暦「なんでお前が持っているんだ?」

駿河「私はよく戦場ヶ原先輩のご自宅に泊めてもらうことがあるんだ」

暦「ふーん」

初耳だな。
前に羽川を泊めたのは聞いたことがあったけど。

駿河「よし、開けよう」

暦「あ、おい。無断では駄目だろう」

駿河「平気だよ、阿良々木先輩」

僕の制止も空しく、木製の扉がゆっくりと開かれる。
見慣れた、とまではいかないが見覚えのある造り。
僕に観察力があれば、前に無かった小物が増えているのにも気付いただろう。
しかし、僕にそんな観察力は無かった。
扉を開けてから一点しか見ていなかった僕には。
下着姿で縛られたひたぎしか見えていなかった。

暦「ひたぎ!」

驚愕で硬直したのは一瞬だった。
そこからの僕は世界一速かったと断言できる。
靴を脱ぐなんて頭から吹き飛び、他に誰かいる可能性なんて考えず、ひたぎの元に駆けつけた。
ひたぎは扉を開けたときから目を開けており、僕を目で追っている。
言葉を発さないのは猿轡をはめられているからだ。
後ろ手で縛られ、足も縛られ、芋虫のように転がっている。
最初は頭が真っ白になったが、今は真っ黒になっていた。
誰が僕のひたぎをこんな目にあわせたのか。
その誰かへの憎悪で一杯だった。
そんな心中とは反対に、優しく猿轡を外してやる。

暦「ひたぎ、誰にやられた?すぐに僕がそいつを殺してやる」

大丈夫か、とは聞かなかった。
僕が大丈夫じゃなかったから。

「やば。超格好良い」

もはや聞き慣れたその台詞は、僕の背後から聞こえた。
しゃがんだ体勢のまま振り向けば、神原が頬に両手を当てて恍惚な表情を浮かべている。
目は爛々と怪しげな熱を帯び、静かな昂ぶりを抑えられていない様子が伺えた。

「これが拘束放置プレイか。ふふふ、癖になりそうだ」

この台詞は足元から。
見れば、神原と同じようでいて尚且つ変態性を増した表情を浮かべたひたぎが転がっている。
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
体から力という力が抜け、僕はその場に尻餅をついた。

「阿良々木先輩、腕の縛めも解いてくれないか。」

僕は無言でロープを解く。
こいつらの名誉を傷つけるために言っておくが、ひたぎの下着は薄紫でレースの付いたデザインだった。
なんというか、似合っていた。
畜生。


003

暦「で、いつからだ」

戦場ヶ原宅の机を囲み、三人で顔を合わせる。
神原(中身は戦場ヶ原)からもらった麦茶を一気に飲み干した僕は、主語のない質問を投げかけた。
なくとも分かるからだ。

駿河「今朝、起きたときからよ。阿良々木君から電話を受けたときには既に入れ替わっていたわ」

神原が答えた。なんというか、違和感が凄い。
もう分かっているとは思うが、戦場ヶ原と神原は人格が入れ替わっていた。
僕はひたぎにいっぱい食わされた、という訳だ。
よく考えれば、確かに違和感があった。
妙にべたべたしてきたり、移動中も会話がなかったり。話していても「!」がなかった。
そもそも僕の家に来たのが妙に速かったのも、もとから向かっている途中だったのだろう。
物理的に無理なくらい速かったのだから当たり前だ。
合鍵なんて持っている訳も無く、もとからあった鍵だ。

暦「なんで神原は縛られていたんだ?」

駿河「神原になっていると理解した瞬間、私の体に神原が入っていると予想したわ。この子が私の体に入ったら何をされるかなんて予想できるでしょう?」

暦「間違いなく、脱いで体の隅々まで調べるだろうな」

ひたぎ「先輩方は流石だな。最初は混乱したんだが、冷静になって私もそう考えた。実行しようと下着姿を楽しんでいたら、戦場ヶ原先輩に踏み込まれて縛られてしまった」

駿河「神原の体力で本気になったらこうなるという結果に怖くもなったわね」

いくら可愛い後輩でも変態だからな。
こいつは僕と入れ替わっても同じ事をするに違いない。
僕もひたぎと同じ行動をとっただろう。

暦「それより、ひたぎが僕を騙していたのはなぜだ」

駿河「面白そうだったから」

暦「そうでしょうね!」

僕の心的ストレスはお陰さまで最高値更新だよ。
自分の彼氏を玩具にしやがって。
心配して損したよ、まったく。

駿河「それに阿良々木君は神原と仲良いから、心配だったのよ。少し」

伏し目がちに呟いたひたぎは、姿こそ神原であるが、照れたときの仕草は彼女そのものだった。
つまり、ひたぎは僕の浮気を心配していた訳か。
そう言われれば、微妙に探りをいれるような感じだったな。
だからと言って後輩の胸を彼氏に揉ませようとするのはどうかと思うが。
こいつは本当に昔と比べてデレるようになった。
可愛いから許そう、うん。
そして、神原にもそんな表情筋が備わっていたのか。

駿河「やだ、私の彼氏ちょろ過ぎ」

暦「・・・・・・」

ひたぎ「私でもこんな乙女な表情ができたんだな」

まったくもって同感ではあるが、自分で言ってて悲しくならないか、それ。
神原が自発的にこの表情をする機会は訪れるのだろうか。
こいつも可愛い顔をする時はあるんだけどなあ。

忍(お前様)

影から忍が話しかけてきた。
てっきり寝ていたのかと思っていたが。
姿は見せずに声だけが頭に響いてくる。

暦(どうした忍)

忍(台所で移し亀を捕まえたぞ)

暦(マジか。今度は逃がすなよ)

忍(分かっておる)

ひたぎ「阿良々木先輩、どうしたのだ?」

暦「ああ、忍が原因の怪異を捕まえたらしい」

駿河「なら私たちも戻れるのかしら?」

暦「おい、どうなんだ忍」

再び影に向かって話しかける。
影に波紋が広がり、忍の声が頭に響いてきた。

忍(今すぐに食べるか、心渡りで切り伏せれば戻るじゃろ)

暦「・・・怪異を倒せば戻るってさ。弱い怪異だから、僕と忍で解決できる」

ひたぎ「ご迷惑お掛けするが、早めに頼む。この体でいるだけで欲情しそうなのだ」

駿河「あまり自分の体を痛めつけたくないのだけれど」

僕は直接被害がないから言えることだが、この状況は面白い。
快活変態な戦場ヶ原。
毒舌デレな神原。
間違いなく二度とお目にかかれない光景だ。
羽川のボディーに神原が入ればエロ羽川が見れたんだが。
絶対、あいつはおっぱいをセルフ揉みし続けるだろうな。
誰だってそうする。僕だってそうする。
他の身近な入れ替わり対象といえば・・・忍野と貝木とか。
アロハシャツを着た貝木とか、絶対にありえないだろうなー。
うん、ありえない。そんな姿は想像もつかないな。
もし実現したら、貝木にお金を払ってもいいくらいだぜ。
よしんばあったとして、僕が監督ならアニメ版ではカットするな。
あいつが変な格好をしたり食事をしたり、ましてやシャワーシーンなんかに需要があるとは思えないし。

暦「まあ、さっさと済ませるか。忍、頼む」

言うより速く、忍が僕の影から顔を出す。ただし顔だけ。
水面から顔を出す河童かお前は。

忍「お前様の血を吸わねば無理じゃ。それと、こやつらの前では吸いたくない」

暦「・・・分かった。ひたぎ、ちょっとシャワールーム借りるぞ」

駿河「どうぞ」

脱衣所の仕切りを閉めると、僕の影から忍が這い出て来たが、むすっとした表情をしていた。
こいつは不機嫌であることを隠そうとしない、というか僕の足を無言で蹴るな。
薄布1枚隔てた向こうにひたぎ達がいるからか喋ろうともしない。
何を怒っているんだ、こいつは。
理由は分からないが、出てきた以上は血を吸うだろうし、僕はため息をつきながらTシャツを脱いだ。
その間も僕の足を蹴り続けていた忍を抱き上げ、バスルームへと入る。
地味に痛いが、こいつが本気で蹴ったら痛いじゃすまないはずなので、加減はしてくれているようだ。

暦「おい忍。どうしたっていうんだ」

忍「ふん。お前様は血を与えるという行為を軽く見すぎておる。魂を分け与えるに等しい行為であり、わしとお前様の繋がりじゃ。それを他の娘がいる空間で行うのが気に入らん」

暦「だけど、今は仕方ないだろう。あいつらがあんなことになったのは僕達のせいだし」

忍「分かっておる。じゃから今回は目を瞑るが次は無いぞ。覚えておくのじゃぞ、お前様よ」

暦「・・・分かった」

忍「うむ。では頂くかの」

バスルームの床に座り、壁に背を預け、忍と対面する形で抱き抱える。
忍の背に回した手は髪に触れて、もふっとした感触が伝わってきた。

暦「・・・っ」

首筋に痛みが走る。直後に首から、身体から、それよりももっと本質的なところから、力が抜けていくのを感じた。
吸血は魂を分け与える行為と忍は例えたが、僕は少し違うように思う。
命を分け合う行為。
忍は僕の血が無いと生きられないが、僕も忍を生かさずに生きていくという選択肢は無い。
だからこれはお互いを生かす、ひとつの命を二人で貪る行為なのだと僕は思う。
確かに最近は慣れてしまっていたかもしれないな。忍が怒るのも無理は無い。
今後は気をつけるとしよう。

忍「・・・ふう。馳走になったの」

暦「あれ、短くないか?」

体感的にはいつもの半分以下しか吸われていない。

忍「亀を始末する分には充分じゃ。残りは後で頂こう」

暦「・・・そうか」

忍「ほれ」

忍は影の中から刀を一振り取り出すと、僕に手渡した。
刀はもちろん『心渡り』だ。怪異のみを殺す刀・・・のレプリカ。

忍「お前様の血を吸うた後にスッポンの生き血なんぞ啜りたくはない。お前様が始末するんじゃな」

暦「スッポンじゃないけどな。わかった、合図したら影から亀を出してくれ」

そうお願いすると、忍は僕の影に戻っていった。
バスルームじゃ狭すぎるし、屋外の適当な場所でやるとしよう。
僕は服を着て、バスルームから出た。

駿河「お帰りなさい、阿良々木君。終わったのかしら」

暦「忍に怪異殺しの刀を貸して貰った。これで怪異を斬ればお前達も元に戻るよ」

ひたぎ「そうか。ああ、戦場ヶ原先輩の肢体から離れるのは名残惜しいな」

駿河「阿良々木君、その刀で神原だけばっさりとやれないのかしら」

暦「残念ながらできないな」

時刻は正午を回っており、お昼の時間帯だからか通行人も多かった。
怪異を斬るのはもう少し待ったほうが良さそうだと判断し、僕達は戦場ヶ原宅で待つことにした。

004

ひたぎ「なあ、阿良々木先輩」

暦「何だ、神原後輩」

昼食に素麺をご馳走になり、ひと心地ついた頃。
テレビを見ていた僕に神原がすり寄ってきた。
ひたぎは台所で片づけをしており、水音が心地よく響いている。

ひたぎ「戦場ヶ原先輩が絶対に言わないようなことを言ってみよう」

暦「お前、また怒られるぞ」

ひたぎ「戦場ヶ原先輩、いいかなー?」

神原「そのくらいならいいわ」

意外にもひたぎがOKを出してきた。
ここには僕達しかいないから、おかしなことにもならないか。 
それに、面白そうな企画でもある。

ひたぎ「どんなのが良いだろうか?」

暦「僕を優しく褒め称えてくれ。頼む」

即答だった。
日頃からデレてくれてはいるものの、ツンが主成分である彼女が一般的な優しさを見せるのは稀だ。
僕は褒められて伸びるタイプだというのに。

ひたぎ「分かった。コホン・・・阿良々木君、今日も素敵よ。いつも頑張っているわね」

おお。
すげー似てる。
喋る速さやイントネーションが完璧で、僕ですらすぐには看破できそうにない。
ひたぎが真似した神原口調も上手かったし、ヴァルハラコンビはお互いの声真似を練習しているのだろうか。
でもこれって、僕はいつも素敵だと言われてないと思っているってことか。
意外と言われてるんだけどな。

ひたぎ「阿良々木君は逞しいわね。私、腰が抜けちゃったわ」

暦「おい」

ひたぎ「あなたに抱かれると自分が女であるということを思い知らされるわ」

暦「何言ってんだこら」

ひたぎ「神原、愛しているわ。私もだー!!」

自分の台詞に悶え、床を転がるひたぎは珍しいが、見たくない光景だった。
ひたぎの身体であんな顔をしたら、表情筋が筋肉痛になるんじゃないか?

ひたぎ「神原、今日は激しく抱いて。阿良々木先輩なんて忘れさせてやる!!」

結局、企画倒れだった。
1人芝居を始めた神原を眺めていると、ひたぎが台所から戻ってきた。
余談だが、神原のエプロン姿は違和感ありありだったと言っておこう。
しかし、今もそうだが無表情の神原は妙な怖さがあるな。
ひたぎは感情表現が乏しいだけで無表情というわけではないんだが、神原の顔でやると目立ってしまう。
そう思っていた僕の考えを呼んだかのように、ひたぎが満面の笑みを浮かべた。
喜色満面、というよりは危色満面。
目が笑っていないぞ。

駿河「阿良々木先輩は腐った雑巾みたいな匂いがする。私の視界から消えてくれないだろうか」

暦「神原の身体でそれはやめろ!」

なにこれ、すげー傷つく。
日頃、怖いくらいの信頼を寄せてくる神原にこんな台詞を吐かれる日が来るとは。

駿河「特技は料理、趣味は編み物、将来の夢はお嫁さんだ」

暦「乙女だ!」

駿河「す、すまない。そういう、その、えっちな話は苦手だから、控えてくれないか・・・?」

暦「萌える!」

日頃の言動が変態的だから起こるギャップ萌えだった。
なんというか、萌えたけど残念だ。名づけて残念萌えだ。

ひたぎ「流石は戦場ヶ原先輩、私が言わなさそうな台詞ばかりだ」

暦「お前が非常識な言動ばかりしているからだろう」

駿河「阿良々木君、キスをしましょう」

暦「お前は何を言っているんだ」

ちなみに今のはひたぎだ。

駿河「身体は神原、頭脳は私。それとも逆が良いかしら」

ひたぎ「阿良々木先輩、今なら私とキスしてもノーカンらしい!してしてしろ!」

これはどっちが地雷なのだろう。
普通に考えればひたぎの方を選ぶべきだが、身体は神原だ。
絶対に怒られる。
だからといって神原は体こそひたぎだが、中身が違う。
絶対に怒られる。
あれ、これ詰んでないか?
というか、ひたぎの暴力的な謀略でしかない。
ならばここは断っておくのが無難だな。

駿河「どちらかを選ばないなんて女々しい真似は駄目よ」

先回りされて釘を刺されてしまった。
明らかに罠でしかないこの状況、回避するためのベストな選択など存在するのだろうか。
ここはやはり、へたれと蔑まれようとも選択しないことが正解に思える。

暦「ひたぎ、耳を貸せ」

駿河「え、耳から攻めるの?」

ひたぎ「戦場ヶ原先輩はそうだとしても、私の性感帯は違うんだが」

暦「違う。神原、お前には聞かれたくない話をするだけだ」

駿河「ちょっと阿良々木君。私の可愛い後輩である神原に聞かれて困るような話なんて無いはずよ」

ひたぎ「戦場ヶ原先輩の言う通りだ。私はどんなにハードな趣味でも受け入れる自信がある」

心外とばかりに嘯くひたぎと、笑顔で鼻息を荒くする神原。
めんどくせえ。
徒党を組んだこいつらは本当にめんどくせえ。
いったい何がこいつらをここまで駆り立てるのか。
断言しよう、悪ノリでしかない。
さっさと答えて終わりにしてしまおう。

暦「僕はひたぎの心も体も顔も匂いも、趣味嗜好に食べ物の好みや善悪の判断基準に至るまで、すべて総じてまるまる好きだ。それが一つでも欠けたなら、完全なひたぎを知る身としては満足できない。だから、元に戻ったらお前が嫌と言ってもキスをする。これが答えだ」

「「超格好良い」」

最大の難所を攻略した僕だった。
その後も雑談は続けたが、時間は過ぎていき。人通りが少ない時間帯に外で『心渡り』を振るって移し亀を両断。
こうして、亀と瓶に纏わる話は終わった。

005

後日談、というか今回のオチ。

余接「僕は今日ほど鬼のお兄ちゃんに感謝したことはないよ」

暦「あまり調子に乗ると後が怖いぞ」

余接「でも約束なんでしょ?おーい目線こっちにちょうだい。ピースピース」

明くる日。
移し亀の一件が片付いたことで、忍に約束を果たさせていた。
僕としてはそこまできつい罰を与えるつもりはなかったのだが、自分で言い出したことなら仕方あるまい。
というか、ゴスロリ服を着ること自体は忍の普段着からすれば罰にはならないだろう。
問題は撮影会のほうだった。
どこから情報を入手したのか、町内を一周するという名の散歩中に斧乃木ちゃんが現れたのである。
鏡に写らないはずの忍を被写体にするため、謎の御札が貼り尽くされたカメラまで持参している。
いったい何が彼女をこうも駆り立てるのか。

忍「式神の身分でわしの姿を撮影できることを光栄に思うが良い。目線はこうか?」

余接「ノリノリじゃないか。もっと自分の年齢考えてよ」

忍「だれが後期高齢者じゃ!」

結局、喧嘩が始まってしまった。
忍も今の姿だと勝てないだろうに。
暴れる忍を影の中に突っ込み、斧乃木ちゃんから写真の焼き増しをもらう約束をして、帰路に着く。
今日も暑い。
忍の罰も終わったことだし、帰って涼むとしよう。

暦「ただいま」

火憐「お兄ちゃん!」

月火「兄ちゃん!」

玄関に入ってすぐ、妹二人がばたばたと走ってきた。
出迎えとは珍しいな。
ジャージ姿の火憐と、いつも以上に崩れた着物姿の月火。
焦ったように見えるが、また何かやらかしたのだろうか。

月火「月火ちゃんと」

火憐「火憐ちゃんと」

「「中身が入れ替わっちゃった」」

亀と瓶に纏わる話は終わったと言ったな。
あれは嘘だ。
移し亀が実はつがいだったとか、火憐ちゃんの肉体を得た月火ちゃんに監禁されたとか。
この後にも色々と話はある。
しかし、これは物語のほんの一部に過ぎない。
長い長い夏休みは、まだ始まったばかりなのだから。

ばるはらトータス 完