私がその子と出会ったのは、ある木曜日の夕

方頃。勿論学校があったので、私はいくらかく

たびれたような顔をしていたに違いない。

音楽室でピアノを弾いてから一人きりの帰路に

ついた私は、地面に延びる自分の影を追いかけ

るように下を向きながら歩いていた。しかし、

幾ら追いかけても追い越すということはない。

あくまでもそれは私の「影」であり、それ以上

の何物でもないからだ。


太陽が雲に隠れ、一時的に影が消失する。あら

ゆるものが一体となる。その瞬間、その子は私

の隣にいた。寂しそうな眼をして、尻尾を震わ

す小さな子猫。私は立ち止まって彼女を見つ

め、彼女も私の事を不思議そうに見つめる。お

互いがお互いを認識する。そこには言語を超え

たテレパシーのようなものがあったのかもしれ

ない。彼女は、暫く私の事を見つめた後何かを

思い出したかのように何処かに立ち去って行っ

た。何の前兆もなく。


数日経ってから、その子は再び私の前に姿を現

した。また太陽が隠れると同時に出現し、意味

ありげに私の事を見つめる。にゃーと小さく鳴

き、尻尾をふりふりする。その姿は、私に何か

しらの助言を与えてくれているようにも見え

る。勿論、その意味を汲み取ることは私には出

来ないんだけど。


「うちに興味があるの?」

ふと、彼女がさも当たり前のように話し始め

た。それは幼い少女を思わせるような、細部ま

で洗練されて透き通ったような声だった。しか

しそれについて特に驚くことはない。日本語が

ペラペラな外国人がいるように、人と話せる猫

がいてもおかしくないでしょ?

「あなた、喋るのね。変な猫」

私もそれに返答する。コールアンドレスポン

ス。

立ち止まって話す私達を尻目に、多くの人が通

り過ぎていく。彼らは猫自体に気づいていない

ようだった。それとも私達に興味がないだけな

のかもしれない。人々は会話する猫よりも、目

の前の仕事で頭が一杯なのだ。


「変な猫とは失礼やね。珍しい猫って言ってく

れた方が嬉しいな」

「誰だって急に猫に話しかけらたら、不思議な

気分になるものよ」

「まあ、そうかもしれへんね」

彼女は言う。


「それにしても、あなた自分の事を『うち』っ

ていうのね。標準語を話すだけでも変なのに、

関西弁を話すとなるとこれまた希少種よ」


「関西弁て何のこと?うちは猫であり、それ

以外の何物でもない」

「あら、希少種っていうより変わった女の子の

方がいいかしら」

「希少種とか女の子とかよくわからんけど、あ

なたがそう思うならそれでええよ」

「まあなんでもいいわ」

彼女は周りを気にせず饒舌(猫?)かつ現実的に

話す。まるで人間みたいに。それとも人間の魂

が何かの間違いで猫の体へ入り込んだのかもし

れない。じゃあ猫の中身は?私の思考は混乱す

る。

「あなたはいつも一人で帰ってるみたいね」

「あなたもね」

「うちは一人が好きなだけ」

「私もよ」


「ふむ、うちとあなたは中々似たもの同士な

のかもしれへんね」

「猫にそんなこと言われたの初めてだわ」


「まあ、学校じゃ一人とはいかないけど。なる

べく一人で過ごしてるわね」

「あなたはそれでええの?」

「え?」

私は困惑する。猫に対して答えを窮する人間な

んて、世界広しといえどもそういないはずよ。

「あなたは一人で登校し、一人でピアノを弾い

て一人で帰る。そんな高校生活でええんかって

聞いてるんよ、うちは」

「さっきも言ったけど、私は一人が好きなの

よ。そっちのほうが楽なの。それに、集団で何

かするのって私そんなに得意じゃないのよ」

何故私がピアノを弾くことを知ってるのかは聞

かないことにした。この猫には全てを見透かさ

れてる気がしたから。

「そうは見えへんけどなぁ。案外、そういうの

っていいもんだとうちはおもうよ」

「なんであなたがそんな事言えるのよ」

「うちはなんでも知ってるから」

「答えになってない」

少しばかり間をおく。


「うち、知ってるよ。あなたが作曲得意なこ

と」

「得意って程でもないけど…。それなりに経験

は積んできたつもりよ」

「やっぱり?」


「『それなり』にね」

「なら、それを生かしてみた方がええんやな

い?あなたの周りに、それを必要としてる人が

いるはずや」

「…!まあ、いなくはないけど」

「やっぱりな」

この猫は何でも知ってるのだ。



「まあ、それを決めるのはうちじゃなくてあな

た。それをよーく覚えとき」

「猫に教えられるのも変だけど、覚えておくこ

とにするわ」

「ほな、うちはもう行くね。こう見えてうちは

忙しいんや」

「変わった猫さんね」

「まあね」

猫は敵が居ないのを確認する小動物みたいに辺

りをきょろきょろ見回し、それからまた私に向

き直った。

「あんまり猫被らない方がええよ?これ、うち

からのアドバイスね」


「猫に言われてもしっくりこないわよ」


「そうかもしれないね」


再び太陽が顔を出す。街は光に照らされ、輝き

を取り戻す。同時に、猫は消えていた。そこに

は何一つ残されてはいない。


「作曲、やってみようかしら」


「曲の名前は確か…」












「『START:DASH‼︎』だったわね」

FIN



最後まで読んでいただきありがとうございまし

た。良ければ別作品も読んでみて下さい。

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